〈大阪朝高ラグビー部、強豪校への足跡 4〉公式戦の門戸開放/険しく高い「花園」への道
2020年12月15日 06:30 スポーツ 主要ニュース90年5月、大阪朝高女子バレーボール部が、府高体連主催の春季大会の参加を一旦は認められ、1次予選を勝ちぬきながら、府高体連から突如「出場を許可したことはミス」だったとされた。これを発端に、「高体連加盟」「全国大会参加」を求める運動が同胞、広範な日本市民の協力のもと拡大していった。こうした世論を背景に、高校ラグビーでは91年から大阪府総体に限り、公式戦への参加資格が認められた。大阪朝高ラグビー部OBの高東民さん(46、19期)が高3の頃だった。
「指導者や選手、誰も経験したことがない公式戦の舞台で、右も左もわからない状況だった。とりあえずヘッドキャップから統一したものを揃えて、格好から入った。学校に多くのメディアも取材に来て、注目度も高かった」と高さんは振り返る。

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