〈取材ノート〉庭石の記憶
2020年04月22日 10:44 コラム昨年、福山雅治さんと石田ゆり子さんの共演で映画化された「マチネの終わりに」は、天才ギタリストの蒔野とジャーナリスト洋子の愛の物語だ。
作品では、幼い頃、ままごとをしていた庭石に祖母が頭をぶつけて亡くなってから、庭石に対してこれまでとは違う感情を抱くようになった洋子に、蒔野がこう語りかける。
「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」
原作を読んだ時には、その美しい世界にいつまでも浸っていたいと感じた。その記憶がまだ新しく、著者の平野啓一郎さんから取材の許可が出た時は、喜びで飛び上がりそうだった。
平野さんの「在日原体験」は幼少期にある。仲の良かった在日の友人宅に遊びに行くと、友人の母が靴についていたガムを一生懸命取ってくれた。そんな体験があるから、在日に対する差別には「自分の人生を否定するような、子どもの時に思ったことを踏みにじるような」感情があると教えてくれた。
幼い頃に見た、ガムを取る母親のような何気ない「庭石」を、いつまでも大切にしているような人だから、あの美しい物語を書けたのかと、少し分かったような気がした。
(孝)