〈八道江山・食の旅 5〉驚くほどに多彩な牛肉料理/八田靖史
2017年05月16日 14:44 主要ニュース全羅道
朝鮮半島の南西部を占める全羅道は、現在の南朝鮮において全羅北道、全羅南道、光州広域市、済州特別自治道に分かれる。このうち島嶼地域の済州道は独自の食文化が豊富なため、独立させて次回単独で扱い、本稿では残りの3地域に焦点を当てる。
まず全羅道の北部には湖南平野という朝鮮最大の平野があり、稲作をはじめとした農業で古くから栄えた。この地域の料理といえば全州のビビンバが有名だが、いくつかの専門店で話を聞いたところ、全州名産の大豆モヤシやセリだけでなく、金堤のブランド米や、淳昌のコチュジャンなど、周辺の特産品も用いるらしい。であれば全州ビビンバとは、肥沃な湖南平野を丸ごと盛り込んだ一品。しかも、これを石焼きビビンバにする場合、同じく北部の長水が石食器の名産地である。
一方で海岸部は、西も南もリアス式海岸と島嶼群が連なる。漁業、養殖業が盛んなのは言うまでもなく、西海岸の扶安、新安といった地域では天日塩が名産である。上質の天日塩は、干物、塩辛の味を引き上げてくれるうえ、うまい塩辛は濃厚かつ芳醇な南道キムチの味にもつながる。全羅道の食が豊かだというのは、こうした地域ごとの連関性が何よりも大きい。
従って山海の産物に恵まれたこの地域では、基本的に何を食べても美味しいし、どの飲食店でも食べきれないほどの料理が並ぶが、その中でも魚介料理には特筆すべきものが多い。そこから選りすぐりを列挙してみる。
その1、群山のコッケジャン(ワタリガニの醤油漬け)。西海岸全域で食べられる料理だが、これまでの経験では群山で食べたものがサイズも立派で味も見事だった。とろける身の甘さと、濃厚なカニミソ、内子の組み合わせは極上かつ至福である。
その2、扶安のパジラッチュク(アサリ粥)。米をゴマ油で炒めて、水とむき身のアサリを加えてふつふつ煮るだけ。それだけで驚くほどに深みのある味わいの粥に仕上がる。朝食にぜひ。
その3、高敞のチャンオグイ(ウナギ焼き)。仁川江の汽水域でとれるウナギは肉厚で脂が乗っている。近年は天然物が減少したため、同地域に稚魚を放流して、天然環境に近い形で養殖している。
その4、霊光のクルビ(イシモチの干物)。近年は漁獲量が減って値段も高騰しているが、やはり霊光近海でとれたクルビはうまさの質が別物。麦とともに熟成させたポリクルビの人気が近年高く、これをほぐして冷茶とともに味わうのがいい。
その5、木浦のミノフェ(ニベの刺身)。夏に旬を迎えるニベは最大1mをも超える巨大な魚で、刺身、ジョン(衣焼き)も素晴らしいが、ぶつ切りの身を煮込み、骨からエキスの出た白濁濃厚スープがなんとも絶品。浮袋や皮も珍味である。
その6、麗水のハモユビキ(ハモしゃぶしゃぶ)。丁寧に骨切りした肉厚のハモを、ニラとともに漢方スープへくぐらせ、漢方醤油で味わう。料理名はハモを日本に多く輸出していた頃の名残り。専門店の集まる島まで連絡船に乗って繰り出すのがオツ。
その7……とこの後も続けたいところだが、キリがないのでここまで。農業、漁業ときて、最後に畜産業で仕上げとする。
全羅道の南部は牛の生産が盛んであり、主産地を見ると、咸平にはユッケビビンバ、羅州にはコムタン、長興にはサマプ(タイラギ、シイタケを添えた焼肉)といった名物がある。さらには光州のユッチョン(牛肉チヂミ)、潭陽のトッカルビ(叩いた牛カルビ焼き)など、牛肉料理だけでも驚くほどに多彩なのが全羅道の底力だ。
さて、前々回の当コラムで、来年は京畿道が道名誕生から千年記念だと書いた。実は京畿道だけでなく、今回の全羅道も来年が千年記念である。
高麗時代の1018年に、全州と羅州から頭文字を取って全羅州道と名付けられたのが始まりだが、食の視点から見ると、それは全州ビビンバから羅州コムタンまでの美食ロード。
2018年は「全羅道訪問の年」にも指定されたので、訪問するなら余すことなく味わいたい。
(八田靖史・コリアン・フード・コラムニスト)
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