〈八道江山・食の旅 3〉宮中への進上品が特産物/八田靖史
2017年03月22日 10:09 主要ニュース京畿道
朝鮮半島の中西部に位置する京畿道は、都(京)と、その周辺地域(畿)を指した地名である。現在は南朝鮮のソウルを囲む地域を京畿道と呼ぶが、南北分断前は朝鮮の開城あたりまでを含んだ。そもそも京畿道という地名は高麗時代の1018年(顕宗9年)に生まれたもので、その当時は開城(開京)こそが都であった。本来的には開城とその周辺を含めて語るべきかもしれないが、現在の朝鮮では開城を黄海北道に含む。いずれの黄海道編に委ねるとして、ここでは現在の京畿道と仁川広域市を扱う。
ちなみに1018年に京畿道が生まれたとすると、来年は千年記念というメモリアルな年だ。京畿道に注目するには絶好のタイミングであろう。
さて、京畿道の食文化となれば、まずは都との関係性から語らねばならない。1776年(英祖52年)に編纂された「貢膳定例」には、各地域から宮中へと届ける進上品の規定が細かくまとめられており、京畿道からは毎日新鮮な魚や野菜を進上する決まりとなっていた。まだ物流がいまほど整っていない時代、鮮度を保って食材を運べるのは京畿道だけであり、それがために農業、漁業で栄えたのは道理だ。利川、金浦、驪州などでとれる米や、仁川のワタリガニ、南楊州のモッコル梨など、現在特産品として知られるものの中にも、かつて進上品だったものが少なくない。
現在の利川ではサルバプ(釜炊きごはんの定食)が郷土料理となっており、仁川のワタリガニはカンジャンケジャン(ワタリガニの醤油漬け)やコッケタン(ワタリガニ鍋)として味わえる。
また、仁川といえば現在は仁川国際空港があり、かつては1883年に釜山、元山とともに朝鮮王朝が初めて諸外国に門戸を開いた港町である。今も昔も都への玄関口であり、異文化の受容と融合を歴史的に担ってきた地域とも言えよう。19世紀後半から20世紀初頭にかけて外国人居留地が置かれたことから、現在も仁川駅前には南朝鮮最大のチャイナタウンが広がっており、チャジャンミョン(韓国式のジャージャー麺)や、チャンポン(激辛の海鮮麺)の本場として知られる。チャイナタウンの裏手には日本建築も多く残されており、昔ながらの手焼きせんべいが地元で愛されているのも興味深い。
首都近郊という地域性は、国民所得の上がってきた1980年代以降、ソウルから日帰りで行ける外食の町という位置づけをも生んだ。かつて広州の昆池岩はソウルに向かう旅人が最後に泊まる地域であったが、当時は徒歩で1日かかる距離も、今なら車で1時間ちょっと。朝鮮時代にソンビ(儒学者)らが食べたソモリクッパプ(牛頭肉のスープごはん)も充分日帰りで食べに行ける。水原の牛カルビ、臨津江のウナギ焼き、議政府のプデチゲ(プデ=部隊、ソーセージ入りのキムチ鍋)など、週末のちょっとした贅沢としてソウルからの外食客で栄えた地域も少なくない。
一方で、ソウル周辺は軍事的な要衝でもあり、米軍基地も多く点在していることから、これらが食に与えた影響も大きい。
先にあげたプデチゲなどはまさに象徴的な存在であり、米軍基地から流出した缶詰の加工肉を韓国風に調理して食べたのが広まった。ほかにも平沢の米軍基地前で発達した韓国風のハンバーガーや、軍人らのクチコミから全国的な知名度を得た抱川の二東マッコリ、朝鮮戦争によって黄海道から避難してきた人たちが伝えた楊平の玉泉冷麺など、京畿道の名物にはものものしい由来を持つものも多い。
そもそも京畿道の北部は軍事分界線に接しており、板門店に代表されるように南北が対峙する地域でもある。ただ、こうした現実すらも食文化に活かされており、坡州の長湍地区では民間人統制区域内で栽培した米や大豆を特産品としている。
民間人が入れないぐらいであるから人の往来が少なく、清浄な環境で栽培したというのがウリ。DMZ(非武装地帯)観光に参加して食べた長湍大豆の豆腐料理は澄んだ味わいで美味しかったが、南北分断の現状をそのまま味わうようで少し複雑であった。
(コリアン・フード・コラムニスト)
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