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Stranger青年の眩しさに立ちくらむ/北岡裕

2016年11月22日 13:54 主要ニュース

朝鮮大学校学園祭の隠れた英雄たち

ガチャ、コンと響く音

みんな前を見ていた。快晴の空の下、ステージ上の出し物は切れ目なく続き、惜しみない歓声が送られていた。

ところで学園祭当日、学生食堂一階から響いていた「ガチャ、コン」という音に気付いた人はいるだろうか。朝鮮大学校を訪れた人が買い求めた記念バッチ。これが学生食堂の一角で作られていたのだ。

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バッチ作りの英雄たち(呉枢玲さんと、朴成香さん)

文学歴史部の女子学生ふたりが黙々と作業をしていた。印刷された絵を丸くカッターで切り取り、プレス機でバッチの土台に押し付ける。「ガチャ、コン」の正体はプレスする瞬間の金属音。隣のこども広場に入ろうとする子どもが気づき、興味深げに見つめていると「やってみる?」と優しく声をかけバッチを一緒に作る。でも子どもたちが去るとまた静かになり、ふたりは作業に戻る。その地道で手堅い仕事ぶりは実に暖かく見え心惹かれた。

「隠れた英雄!」。こんなことばが頭の中で閃いた。

炭に火をたてる

ステージが見えない校舎の端。そこで焼肉用の七輪をせっせと作る学生たちがいた。七輪に入れた着火剤に火をつけ炭を投入。炭を崩し、掃除機のような機械で熱風を送り込んで炭を暖めたりもする。やがて七輪が適度な熱を発するようになると出荷される。文字にすると簡単だが、実際は煙が目に染みるし汗は出るし火の粉が触れれば痛いし七輪も重い。だが、女子学生も軍手とマスクをつけて作業をしていた。大変な作業なのだが、みな妙に手際がいい。聞くと「朝大生は何かあれば焼肉ですからね。自分たちでやるんですよ」と教えてくれた。

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炭をたてる英雄たち(朴星潤さんたち)

「この作業をぼくは、炭をたてると呼んでいます」。ひとりの男子学生のことばが実にふるっていた。「炭をたてるのは着火剤じゃないんです。ぼくたちの心意気なんです!」。これには「おまえ、話盛り過ぎ!」と別の男子学生から即、ツッコミが入っていたけれど。

だがここで朝鮮趣味者のスイッチを押してしまったことに彼らは気づいただろうか。私は興奮にふるえていた。「これぞまさに『隠れた英雄たちの自力更生エピソード』ではないか!」と。訪朝し何度か工場見学はしたが、火花飛び散り青年が熱く語る現場は未だ見たことはない。まさか小平でその現場を目にすることになるとは!趣味者の興奮は最大値を突破していたのだった。

青年時代は終わった

立入禁止と書かれた紙を貼った赤い三角コーンの横で警備をしていた彼。ゴミ箱の後ろに立ち分別をお願いしていた彼女。誘導灯を振り交通整理をしていた彼――――。キャンパスのあちこちに隠れた英雄たちはいたのだった。交替でステージに出たり食事はしていると聞いたが、彼らは楽しめているのかなと少し心配をしてみたりもした。

英雄の袖には위(衛)の腕章

英雄の袖には위(衛)の腕章

ところで今回嬉しかったのは、売店が営業していたこと。初訪問である。ここで私は、朝大の焼肉のさらなる楽しみ方を見つけてしまった。

焼肉を食べながら、売店で買ったアイスを食べるのだ。七輪の熱とアイスの冷たさ。焼肉の辛さとクリームの甘さ。朝鮮式焼肉と日本製アイスの融合(ハーモニー)。たまらぬ旨さ。冷静と情熱のあいだスペシャルと名付けた。席を同じくした友人たちとだらだらとくだらない話をしていると武蔵野の秋の日は急速に傾(かし)ぐ。

「これいいですか」また隠れた英雄がやって来て、テーブルの上の空き缶を回収していった。唐突にもう私は青年ではないのだなと思った。

統一列車と最後のステージ上の合唱を見てそれを確信する。隠れていた英雄たちがステージに躍り出てこれでもかと青春を謳歌していた。帰りは鷹の台駅まで歩く。バスに乗らずに歩くことが、隠れた英雄たちに対抗しうるアジョシのせめてもの意地なのだった。

(著述業)

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