〈“歴史歪曲”の現場から〉群馬県高崎市・「記憶 反省 そして友好」の追悼碑


“歴史修正主義に対する徹底的な抵抗運動”

「記憶 反省 そして友好」の追悼碑

「記憶 反省 そして友好」の追悼碑

追悼碑をめぐる経過/全国初、県有地に建立

1995年3月に戦後50年を迎え結成された「戦後50年を問う群馬市民行動委員会」を母体にし、1998年9月に「朝鮮人・韓国人強制連行犠牲者追悼碑を建てる会」が発足。「建てる会」が群馬県内の朝鮮人強制連行・強制労働の調査とともに群馬県に対し碑の建設用地の提供を求めた結果、2003年11月14日に県立公園「群馬の森」を提供するという県知事の決済が降りる。その後、「建てる会」、群馬県、外務省の三者による数回の協議が行われ、県は「建てる会」が提出した碑文の原案から朝鮮人強制連行犠牲者の歴史的経緯をカットした文案を提示し、「強制連行」「反省」などの言葉を外すよう求めた。「建てる会」は、全国で初となる県有地への建立の意義を重要視し、碑文の大幅縮小、「強制労働」という文言を「労務動員」(当時、日本政府が使用した用語)に変更することで合意にこぎつけた。県民や日本各地の賛同者500個人、60団体から集まった1000万円の募金をもとに碑が04年4月に建立され、以後毎年4月に「群馬の森」で追悼会が開催されてきたが、2013年に在特会による街宣活動や追悼碑撤去を求める県議会への陳情書などの妨害活動が行われ、県側から許可が下りなかったため、他の会場で追悼集会が行われるようになった。そして、2014年7月22日、県は追悼碑の設置期間更新を不許可とする決定を報道各社へ一方的に発表通知。「建てる会」は同月28日に声明を発表し、11月13日には不当な決定の取り消しと設置期間の更新を求めて前橋地方裁判所に提訴した。第4回口頭弁論は10月21日に行われる予定。

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