〈Strangers In Pyongyang 12〉返しました6ドル!/北岡裕
2014年09月22日 14:16 文化・歴史もうひとつの日朝交渉
9月5日に朝鮮会館で行われた、朝鮮建国を祝うパーティにご招待をいただいた。華やかな会場の隅で、日朝関係において大きな進展があったことを報告しておきたい。
朝鮮新報でも何度か書かせて頂いたが、私は昨年9の訪朝の際、平壌ホテルのバーテンダー、チェ・ユンジュさんに6ドルのツケを残したまま帰国した。その後の、日朝政府間交渉の大きな進展に、私は青ざめたのだった。
交渉の席を想像してみて欲しい。重い声で口を開く朝鮮側担当者。「昨年わが国を訪問した貴国の旅行者が6ドルものツケを残して帰国した上に、それをネタにして『返せなかった6ドル』などというコラムまで書いている」「6ドルと言う金額は彼女にとって決して小さな金額ではない!」。戸惑う日本側の担当者。これが交渉の障害となったら、まずいではないか。どんな小石でさえ転ぶ原因となるし、打ち所が悪ければ大変なことになるのだ。
私は問題の解決のため、窓口である金所長と、何度かホットライン(単なる携帯電話です)での交渉を重ねていた。7月のある日、金所長から電話が来た。金所長の声は渋い。「私、明日から平壌行くから。北岡さんの6ドル立て替えておくから、な」。支払場所が平壌から東京へと移る画期的な進展。しかし、帰国後も金所長はご多忙な様子でなかなか会えない。時間は流れ、政府間交渉はさらに進む。まずい、これはまずい…。
焦る私のもとに「北岡さんを朝鮮会館の国慶節パーティにご招待します」と、招待状が着いたのは9月2日のこと。奇しくも私の誕生日だった。6ドルは米国出張した妻から融通してもらい、私は百貨店で虎屋の羊羹を用意した。なぜ虎屋か?和菓子であること。重みがあること。そして朝鮮半島のかたちは、虎と例えられること。仕込みは万全である。私は一張羅のスーツに赤いネクタイを締めて、問題解決の並々ならぬ決意と共に朝鮮会館に赴いた。しかし私は肝心の金所長の顔を知らない。受付できょろきょろしていると「北岡さん!金です」と電話と同じ渋い声がした。
私は駆け寄り6ドルと羊羹を渡した。ちょうどパーティが始まり、いったん離れたが再び2階で金所長とお話することが出来た。私からは改めて感謝の言葉を伝え、金所長から勧められたビールに口をつけ、固い握手を交わした。あとは次回訪朝時に、私からユンジュさんに利子相当分の何か(既に何かは決めてある)を渡すことで合意。問題解決のロードマップは示された。当日は金所長と記念写真も撮った。金所長の意向もあり公開しないが、約1分間にも及んだ私の6ドル問題はここに解決したと宣言したい。
なぜここまで大げさに書くかと言うと、金所長からこんな報告を貰っていたからである。「ユンジュから聞いたのだけど、朝鮮新報を読んだ何人もの在日の人間が、平壌ホテルで『6ドルを払うよ』とユンジュに言っているみたいなんだよね。ユンジュはその度『いいえ。北岡先生から貰います』と答えているみたいだけどね。がっはっは」。
これは、笑いごとではない。日本の恥、平壌で大拡散である。そして、なんて健気なユンジュさん―――。
これから訪朝される在日朝鮮人のみなさま。以上の通り「6ドル問題」は既に解決されています。平壌ホテルにツケを残した日本人はもういません。利子問題につきましては次回訪朝の際に自己解決致しますので、どうかこれ以上ユンジュさんに「6ドルを払うよ」とおっしゃられないようお願い致します。
ともあれ日朝交渉のひとつの障壁は取り除かれたのだ。あとは日朝両国政府の真摯な交渉を期待したい。
それにしても一年前、訪朝を決めた時には、下戸の私が平壌にツケを残したり、コラムの連載を持ったり、朝鮮会館のパーティに出るなんて想像もしませんでした。パーティでも多くの在日の方から暖かい感想と激励を頂きました。この連載も折り返し点を過ぎました。後半もよろしくお願いします。
(著述業)
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