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〈取材ノート〉たぬきやの親父さん

2013年09月25日 11:08 主要ニュース

以前、東京都墨田区の一角に「たぬきや」という居酒屋があった。下町の住宅街の片隅にあったその居酒屋は、インターネットにも載らないような、知る人ぞ知る地元人行きつけの隠れ家的存在だった。今そこには、「たぬきや」の変わりに一つの追悼碑がたたずんでいる。

関東大震災直後に起きた軍、官憲、民衆らによる朝鮮人大虐殺が起きて以来、日本政府による謝罪、真相調査がなされないまま90年の月日が経った。今となっては虐殺の加害者、被害者、目撃者がほとんど生存していない中、この碑がひっそりと、しかし明確に歴史の真実を語っている。

追悼碑の隣に家を構え、毎日碑を見守っている一般社団法人「ほうせんか」代表の西崎雅夫さんの話によると、「たぬきや」の跡地に建てられたのが、西崎さんの家と追悼碑だったという。1982年から毎年、旧四ツ木橋付近の荒川河川敷で追悼式を行ってきた西崎さんらは、会場のすぐそばにあった「たぬきや」で毎回打ち上げをしていた。数年前のある日「たぬきや」の店主が、碑を建てる私有地が中々見つからない西崎さんらに「あんたら土地を探しているのかい? 俺ももう年だし引退しようと思っていたから、この土地をいったん俺が買って、あんたたちに売ってやる」と話を持ちかけた。

追悼碑建立の背景には、そんな心温まるエピソードがあった。西崎さんは、「親父さんとは付き合いが長かったから」と話していたが、それだけなのだろうか。一人の日本人として、「親父さん」の良心がそうさせたのではないだろうか。答えはわからないが、そうであったとそう信じたい。(梨)

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