〈どうほう食文化〉冷麺物語(4)-麺打ち大会の夢語る二、三代目
2013年09月06日 09:45 文化元祖平壌冷麺屋(神戸・長田)
元祖平壌冷麺屋の麺は、蕎麦の実の芯の部分だけを使っている白い蕎麦粉とじゃがいも澱粉、小麦粉と少量の重層をまぜる。スープはトンチミをベースに肉スープ(牛肉)を3:2で合わせる。麺をこねる時間は1人前約1分。機械にかけて少し太めの麺を茹で手早く水で締める。スープをかけ、茹でた肉と半熟卵、水キムチを載せ、粉唐辛子をかけて完成となる。
張模蘭さん夫婦が、平壌で慣れ親しんだ自慢の味と製法は、初代から二代目、三代目へと70数年間変わることなく受け継がれている。
頼もしい二、三代目たち
二代目の張元範さん(77・川西店)、張元變さん(65・久保町店)、三代目の張秀成さん(61・本店)、張一成さん(44・川西店)は、今年も酷暑の最中、汗を流して手打ち麺を作り、女性たちはトンチミ(水キムチ)の漬かり加減に心血をそそいでいる。冷麺屋の繁忙期は7、8、9月の三か月、馴染み客が次々に訪れ、トンチミが入った冷麺を涼しげにぺろりと平らげていた。トンチミ好きの小学生もいて、三代目、四代目のファンの姿にさすがと歴史を感じる。
本店の張秀成さんは、「祖父が立ち上げた冷麺屋を、父が亡くなったあと継ぎました。麺打ちが本物になるまで5年はかかったかなあ」と語る。本当は新聞記者になりたかったとか。
川西店の張一成さんは、「活動家をしていましたが、阪神・淡路大震災のとき長田に呼び寄せられました。大好きなハルモニ(全永淑さん)や伯母に冷麺というすばらしいものがある、ぜひ継いで欲しいといわれ、決心を。ホルモン・焼肉業、そして冷麺は朝鮮民族が誇る食文化であり宝です」と語る。
総聯西代分会長として活躍した父元範さんの背を見ながら修業した一成さんの目標は、冷麺の食文化史がわかる“冷麺博物館”をつくること、そして“冷麺博士”になることである。
危機を乗り越えて
74年の歴史を更新し、二、三代目にしっかり継がれている元祖平壌冷麺屋は、かつて二度の危機を体験した。
一度目は、1950~1953年の朝鮮戦争のときだった。
「あのとき戦火に見舞われた平壌、家族や親族のことを考えるとみな居ても立ってもいられなかった」と元範さんは回想する。5人兄弟が朝鮮で肩を並べて麺を打つ夢をロゴの絵に託していたが、その夢が崩れていくような虚しさでいっぱいになった。親兄弟とも音信不通に。一家は異国の地で、冷麺とともに生きていこうと決心した。
故郷を追われ日本へ。根なし草のような暮らしの中でも、同胞の生活を守るために活動する組織や、朝鮮学校は心の拠り所になった。そして冷麺づくりは張家の生き方と重なった。
二度目は、1995年1月17日、阪神・淡路大震災のときである。
震災で長田区に連なっていた商店街がドミノ倒しになった。火災が発生し同胞の被害も大きかった。何からどう手を付けていいのやら途方にくれていたとき、誰よりも先にキムチを漬けて、周りに配っていたのが当時84歳の全永淑さんだった。張元範さんは被災直後だったにもかかわらず「みな冷麺食べたら元気になるんちゃうか!」という家族の意見を聞き、支部や学校で乾麺を茹で、2度、冷麺の炊き出しを行った。
2月の寒空の下で「すっきりしておいしい」と、冷麺をすする長田の同胞や日本の人々の姿に、この冷麺を待ってくれる人たちのために再建しようと思ったという。
それまで5家族が一つの店舗で冷麺づくりに精をだしていたが、震災をきっかけにそれぞれ店を構えることに。張秀成さんは「1939年から続く元祖平
壌冷麺屋を三代目がつぶすわけには行かないという意地があった」と振り返る。
張模蘭さんが渡日し80余年、その孫は現在20人、ひ孫は32人、玄孫は7人になった。みんな冷麺の熱烈なファンである。元祖平壌冷麺屋の四代目候補はいま、朝鮮学校で夢を育んでいる。
張家には三代目による「甥たちの会」がある。そして機会あるたびに集まり、これからの「元祖平壌冷麺屋」について語り合う。7月の飲み会には叔父も加わり、わいわい語り合った。四代目はどうなるか、みやげ用を考えるのか等々、話は尽きなかった。
その場で張元變さんは、「つくづくうちの冷麺の命はトンチミの入ったスープやと思う。みんな発酵食品で乳酸菌がたっぷり入ったスープがいいと買い求めにくる。」、「一度、平壌の玉流館で調理師の先生たちと麺づくりの競争をしてみたい。自信ありますよ!」と威勢よく語ってくれた。
(金才順・フードライター)
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