〈教室で〉東京朝鮮第6初級学校付属幼稚班 梁美華教員
2013年03月19日 11:03 民族教育「朝鮮の子どもに育てたい」
子どもたちにとって「遊び」は、言わば「学び」でもある。子どもたちはさまざまな遊びを通して成長していく。中でも「お店屋さんごっこ」は、お客さんが喜ぶ商品を作る想像力と創造力を育て、制作の過程では手先を使い、販売においては、売り手と買い手に立場を分けて人との関わり方を学ぶ格好の遊びだ。異年齢保育を実施している園では、大きいクラスの子が小さいクラスの子どもの手を引き買い物を手伝う姿など、思いやりの姿も見受けられとてもほほえましい。
昨年12月7日、「お店屋さんごっこ」の準備に取り組む東京朝鮮第6初級学校付属幼稚班(東京都大田区)を訪ねた。同園では2002年から行われている、南武・川崎・鶴見・西東京第2朝鮮幼稚園との合同「お店屋さんごっこ」に参加している。梁美華教員(28)の話によると、5つの園児が集まると総勢104人にのぼるという。見慣れない他園の子どもとの触れ合いを通して刺激を受ける子どもたちは、また一つ大きな成長を遂げることだろう。
お店屋さんごっこ
朝鮮語で「お店屋さんごっこ」は「サンチョムノリ」という。そこで売られるもの、買いたいものの名前を朝鮮語で覚え、発音する。お客さんに声をかけ、品物とお金のやり取りをする際にもなるべく朝鮮語を使う、というのが朝鮮幼稚班の特色だ。
梁教員は、子どもたちに朝鮮語で問いかける。
「買い物をするときには何が必要かな?」
―「トン(お金)!」
「お金を入れるカバンのようなものは何ていうの?」
―「チガプ(おさいふ)!」
元気のいい子どもたちの声が部屋いっぱいに響き渡る。パネルには、メロン、いちご、さくらんぼの他に、コスモス、チューリップ、タンポポなどの絵が張りつけられた。財布を手にした子どもたちが小さいクラスから順にパネルに近づく。
まずは最年少のひよこ組(2歳児クラス)。
「どれがいいですか?」
―「これ…」
「ハナ チュセヨ(ひとつください)って言ってごらん」
―「ハナチュセヨ」
お金を渡して商品を受け取ると、「コマワヨ」と、小さな頭をちょこんと下げた。
園児募集活動
同園では、園児募集のため最善の努力を尽くしている。2歳児保育(生後30ヵ月以上が対象)もその一つだ。
梁教員が同園に配属されたのは9年前。「当初は年長・年中・年少あわせて8人だった。それが今では3倍に増えた」と話す。
教員たちの熱心な姿と、手厚い保育に加えて、子どもたちが毎日元気に楽しく通園し、朝鮮語や朝鮮の歌をおぼえてくることに喜びを感じた保護者たちの声が、同胞たちの間でどんどん広まり、園児の増員につながったのだ。
梁教員の話によると、今年度からは保護者のニーズに応えて夕方6時までの延長保育も始めたという。今年度の利用者は2人、新年度はさらに利用者が増える。また、「一時預かり」システムも導入した。利用料は1回500円で、おおよそ都内の相場が「1時間1000円」なのに対してかなりの破格だ。急用や急病、リフレッシュなど、「一時預かり」はたくさんの母親たちが利用しているという。
そして園児送迎のための通園バスが2台運行されている。今年度からは大田区以外から東京第6に通う初級部用の通学バス1台と合わせて3台が運行。教員はじめ総聯、朝青活動家と教育会の職員が運転を担当する。新年度からスタートする新校舎設立に向けて、現在、学童保育の実施準備も進められている。地元の民族教育を支えるため、教員はもとより大田・城南・渋世の同胞、活動家たちが総出で力を注いでいるのだ。
教員のよろこび
幼い頃から「幼稚園の先生になりたい」との夢を抱き続けてきた梁教員。朝高卒業後は日本の大学への進学を考えていたが、夏休みに体験した「宣伝隊」がきっかけとなり朝鮮大学校へ進むことに。大学時代に行われた埼玉朝鮮幼稚園での実習は、彼女に大きな衝撃を与えた。「自分が日本の幼稚園出身で朝鮮幼稚園を知らなかったので、朝鮮語をしゃべる園児を見たときは本当に驚いた。小さくても、この子たちは朝鮮の子なんだな、と。それで私もこの道で働こうと考えるようになった」。
晴れて朝鮮幼稚園の教員となり、同胞宅に園児募集を呼びかけに行くたびに、梁教員は朝鮮幼稚園の魅力を熱心に語った。しかし、手元にある対象リストが少なく、それ以上の増員を望めなかったり、時には新入園児の男女比が連れあわず、クラスに男児が1人きりだったりと苦悩の日々もあったという。
新任だった頃、受け持った園児は、もはや東京第6を巣立ち、中学1年生となった。幼稚班の卒園式と、併設された初級部の卒業式を迎えるたびに、子どもたちの成長した姿を見て胸がいっぱいになるという。
「いつも初心を忘れず、若い保護者たちに総聯の幼稚班教育の大切さと魅力を具体例をあげて呼びかけていきたい。そのためにも、自分自身、もっともっと研究を深めなくては」
「総聯の幼稚班教育」――の一言に、同胞たちの手で作り上げてきた民族教育の現場で働く梁教員の矜持が感じられた。(文・金潤順、写真・盧琴順)
私のひとこと
保育のプロとして
梁教員は、誰よりも仕事熱心で責任感が強い。年齢的には20代でまだ若いけど、子どもへの愛情の深さや情熱においては、本当に「プロ」だと感じさせる。
幼稚班には女性教員しかおらず、行事で使用する荷物の運搬など、時には力仕事を必要とする場面が多々ある中で、小さな体でも男性に負けない力と気合で精力的に働いている。
私は5年間、彼女とともに仕事をしているが、5年前に見た彼女は、集団長も主任も不在の中で、先輩教員と力を合わせて熱心に働いていた。第6幼稚班の園児数増員は、彼女の頑張りによるものだと言っても過言ではないだろう。それほど彼女の活躍によるところが大きかった。今となってはわが幼稚班の「要」となり、保護者の信頼を一身に担っている。「子どもたちを朝鮮の子どもに育てましょう!」と保護者に呼びかけ、家庭との連携もうまくて感心するばかりだ。今後も彼女と力を合わせて、第6幼稚班を全国的に有名な模範園にして行きたい。(尚明淑、2歳児・ひよこ組教員)