〈本の紹介〉「中国朝鮮族を生きる-旧満州の記憶」戸田郁子著
2012年12月15日 13:52 文化・歴史埋もれた歴史を照らし出す
エッセイストとして知られる著者が、勤務していた会社を辞めて南に留学、延世大学語学堂に留学したのが1983年。2年後、高麗大学史学科で朝鮮の近代史を学ぶ。その後、中国黒龍江省ハルビンに語学留学。延辺朝鮮族自治州を中心に、中国東北地方の朝鮮族の移住と定着の歴史を取材してきた。
副表題にある「旧満州」と呼ばれた地域には、近代以降、朝鮮半島から移住した中国朝鮮族の人々が多く暮らす。その背景には日本による朝鮮の植民地支配があった。韓国併合の年、1910年には10万人以上の朝鮮人が越境し、満州国が成立した1932年には在満朝鮮人の数は70万人に迫った。そして日本敗戦の年には200万人に。祖国で生活基盤を失った最下層の農民は中朝国境付近に定着したが、その後、朝鮮総督府が募集した朝鮮人開拓民はソ満国境に近い奥地へ送り込まれた。また、抗日運動のために国境を越えた独立運動家たちもこの地に消せない足跡を残す。しかし、徴用や徴兵で動員され、日本の敗戦直前には南方戦線やソ満国境で「日本軍兵士」として命を落とした者もいる。
祖国の解放と共に半数は帰国したが、帰ることのできなかった者もいた。彼らはその後中国籍を得て、朝鮮族となった。この土地に吸い寄せられ、歴史のうねりの中で埋もれそうな人々の声や、そこに確かにあった人々の営み。中国に移民し、忘れられた朝鮮人たちの個人史に光を当て、歴史の扉からその鮮やかな生き様を照らし出す。最も感動的に読んだのはかつて抗日パルチザンとして金日成将軍の指導を受けた李敏(リミン)女史の革命家としての並外れた生き方だ。解放後は中国朝鮮族女性幹部として黒龍江省中国共産党委員会副主席という最高の地位についた。主席に生涯、義理を尽くしたピュアな生き方に魅かれる。そして、李敏夫妻が文化大革命時に受けた凄惨な迫害もまた、忘れてはならないだろう。
本書は聞き書きを中心に、朝鮮や旧満洲で行った日本の植民地支配の残酷な爪あとを、決して避けることなく引き出していく。時が流れても、人々の記憶の中に刻まれた日本の罪過。そこから目を背けず、どこまでも真実を照らし出そうとするそのしなやかな姿勢に心から共感を感じずにはいられない。(粉)