朝鮮大学校・在日朝鮮人関係資料室開設によせて、福岡教育大学教授 小林知子
2012年08月08日 15:40 歴史朝鮮史をグローバルに捉えなおす契機
去る7月7日に朝鮮大学校で、朝鮮問題研究センター付属在日朝鮮人関係資料室の開設を記念したシンポジウム「在日朝鮮人関係資料 収集保存の現状と課題」が行われた。私は当日、樋口雄一さん、呉圭祥さん、金東鶴さんとともに、コメントを述べる機会を与えられた。その時に話したことと重複するが、シンポジウムに参加して感じたこと・思ったことを、あらためてここで述べたいと思う。
資料情報ネットワーク構築へ
まずは、このシンポジウムの主題が資料をめぐる話という、一見、かなり一般受けしにくそうなものであったのにもかかわらず、シンポジウムに来た方々が実に多彩で、大勢であったことを記しておきたい。朝大を訪問したのは初めてだ、と話していた方も少なくなかった。これはやはり、朝大に在日朝鮮人関係資料室が開設される、ということへの期待のあらわれだといえるだろう。
敗戦後もなお、在日朝鮮人の民族教育の権利を公正に保障していない日本社会においては、在日朝鮮人史を語ることは、おのずと日本の植民地支配の未清算の現実を問い、朝鮮分断のもたらす歪みにまっこうから向き合うことにほかならない。このたび朝大がこの資料室を設置し、あらためて「在日朝鮮人に関する総合的な研究拠点」として、資料情報ネットワーク構築なども視野に動き出したことは、大変注目に値する。
近年、在日朝鮮人に関する書物や映像の増加が著しい。マス・メディアやインターネットで流される在日朝鮮人をめぐる言説は増えたが、在日朝鮮人の歴史や現状を知り、認識する回路は広がったといえるのだろうか。今「実感」することだけを根拠に、在日朝鮮人の歴史や将来が語られがちな現状がある。その意味で、時代をわたっての、多くの資料をひもときながら、在日朝鮮人はどのように生きてきたのかを考える場ができることは意義深い。ぜひとも朝大には、朝大ならではの個性あふれる資料拠点をめざしてほしい。
金哲秀・朝鮮大学校在日朝鮮人関係資料室長の報告で紹介されていたような、朝聯や在日朝鮮統一民主戦線、総聯等の民族団体関連資料が貴重であることはいうまでもないが、民族教育に関わる多種多様な資料 ―各地の朝鮮学校関係資料なども、この資料室に行けばまとまってみられるということになれば興味深い。朝大自体の資料、大学でつくられた各種の小冊子なども ―たとえば朝高生向けの大学案内でさえも、各時代の学生生活を浮き彫りにするユニークな資料だといえるのではないか。
シンポジウムでは 河かおる滋賀県立大・専任講師が滋賀県立大学の朴慶植文庫について詳細に報告されたことも感慨深かった。ご存命中には朴慶植先生から在日朝鮮人運動史研究会でさまざまなお話をうかがったが、やはり、先生があれだけ資料収集に取り組まれ、在日朝鮮人史研究を本格化させていったのは、長年、民族教育に携わってきたという経験あってのことだったと思う。
各地の在外者とも連携を
鄭栄桓・明治大学専任講師の報告を聞きながらあらためて考えたことは、朝鮮史と在日朝鮮人史の関係である。朝鮮半島外に暮らす在外朝鮮人の人数は、現在700万人を越えるといわれる。世界各地に離散した朝鮮人の歴史をつむぎあわせることは、植民地支配や分断が民衆生活に及ぼした影響を浮き彫りにし、朝鮮史をグローバルに捉えなおす作業となる。資料室は、各地の在外者とも資料情報共有を軸に連携しあえるような拠点になってほしいと思う。
ところで、資料には通常、当事者間で「あまりにあたりまえのこと」は書かれていない。しかし、作成当時は書くに値しないほどのことであっても、世代が異なるなかでは読み解きにくい部分もあるのではないかと思う。資料室では、ぜひ収集された原資料を手に、当時のことを語ってもらいながら進める、新たな口述記録収集も積極的におこなっていただきたい。いずれにしても、これからの50年、100年をみすえた資料室となるよう、期待している。
(朝鮮新報)