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ホーム » Posts tagged with » 朝鮮新報創刊70年(企画・連載名)

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 15〉6.15時代の熱気

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 15〉6.15時代の熱気

分断史上初の北南首脳会談開催と6.15共同宣言採択は、朝鮮新報記者の取材環境を変え、活動領域を広げた。1970年代から90年代までも北南会談、交流事業の現場に朝鮮新報記者の姿があったが、2000年6月 [...]…

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 14〉世界遺産と平山郁夫さん

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 14〉世界遺産と平山郁夫さん

高麗王朝の首都だった朝鮮の開城遺跡地区が世界遺産に登録されたのは2013年。平壌周辺にある63基の高句麗古墳群が世界遺産に登録されたのはその9年前の04年7月だ。尽力したのは日本画家で元東京芸大学長の [...]…

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 13〉軍事境界線越えた女性たち

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 13〉軍事境界線越えた女性たち

祖国の統一をめざす闘いで、女性たちが果した役割も大きい。とりわけ90年代には、東京、ソウル、平壌、そしてまた東京で、南北朝鮮と日本の女性たちによる「アジアの平和と女性の役割」シンポジウムを開くなど、朝 [...]…

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 12〉朝鮮学校生のソウル・全州公演

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 12〉朝鮮学校生のソウル・全州公演

朝鮮半島の分断は、在日コリアンの暮らしにも大きな影響を与え、日本から南北を自由に行き来できない不幸な歴史が続いてきた。 だからこそ2002年9月、朝鮮半島の分断史上、そして民族教育史上初めて朝鮮学校の [...]…

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 11〉平壌支局の現地取材

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 11〉平壌支局の現地取材

1980年代半ばから、朝鮮新報の多くの先輩記者たちが祖国と日本を往復しながら、祖国報道の道筋をつけた。平壌に支局が開設されたのは88年12月。常駐体制が整い、祖国関連報道の新境地が開かれた。在日同胞の [...]…

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 10〉土曜紙、日曜版、そして日本語版18

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 10〉土曜紙、日曜版、そして日本語版18

在日同胞社会に世代交代の波が急激に押し寄せてきた。朝鮮生まれの一世の比率は1969年に27.4%、74年には24.1%にまで減少していた。(法務省入国管理局統計)つまり74年に朝鮮生まれは4人に1人で [...]…

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 9〉コリア統一チーム/呉広仁

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 9〉コリア統一チーム/呉広仁

1991年2月。分断以来初となる「統一チーム」の誕生が発表された。4回にわたる北南体育会談で、北と南のスポーツ選手がコリアの名前で統一チームを組み、第41回世界卓球選手権大会(4月~5月、千葉市)と、 [...]…

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 8〉空前の「ピョンコマ」ブーム(下)

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 8〉空前の「ピョンコマ」ブーム(下)

先週は、空前の「ピョンコマ」ブーム(78年)について紹介したが、2年後に訪日した国立ピョンヤン芸術団人気も凄かった。当時朝鮮最高の舞踊家とうたわれたホン・ジョンファ、主席が大ファンだったと伝えられた民 [...]…

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 7〉空前の「ピョンコマ」ブーム(上)

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 7〉空前の「ピョンコマ」ブーム(上)

今から37年前、日本列島は空前のピョンコマ(ピョンヤン学生少年芸術団)ブームに沸きに沸いた。当時、子どもだった人は今すでに壮年期を迎えただろうが、彼らの胸には「永遠のピョンコマ像」が刻まれ、その輝きは [...]…

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 6〉祖国往来の半世紀/金慶五

〈朝鮮新報創刊70年・記者が語る歴史の現場 6〉祖国往来の半世紀/金慶五

「40余年目に祖国を訪ねた李仁洙、李光勲の2人の同胞高齢者が1月28日(1966年)の朝、日本に帰ってきた。…40余年前、日本に来たとき、誰が港で迎えてくれただろうか」。こんな出だしで、朝鮮新報は初め [...]…

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