母国を遠く離れ、その文化から遠ざけられて、日本でタヒャンサリ(異国暮らし)を強いられている在日の同胞に、わが民族が長年にわたって培(つちか)って来た代表的な民族的文化・文物を紹介し、それらに親しんでい [...]…
これは開城にある有名な歴史的遺跡。開城を巡ると必ず行く場所である。80年前の絵であるが現状とあまり変わりがないことが分かろう。印象画風の明るい色彩で、絵のタッチは、やや粗く仕上げられている。…
平壌の富豪の家に生まれ、1909年、ソウルで中学校を卒業したが、東京に出て明治学院に入学。しかし、どうしても西洋画を学びたくて東京美術学校に入学した。(1911年)…
自画像 高羲東(1886~1965) 両班名家の出身である高羲東(コヒドン)が、どうして当時「」(三文画家)などといわれ、うさん臭い職業とされた画家の道を選ぶようになったのだろうか。 それは開化思想に [...]…
これは尋牛図または十牛図ともいわれる十面セットの屏風画の最初の一面である。禅でいう悟りに至るまでの人間の姿を、牛を追い求める牛飼いの姿にたとえて説く絵のシリーズである。…
これまで「美術史」とか「絵画史」といえば、有名な芸術家や画家たちの創作した芸術作品や絵画の歴史であった。無名の、素朴な、民衆の生活の中で作られ愛されてきた作品についての歴史とその評価については、あまり [...]…
この虎と鶕(カササギ)の図は、もう何十年も前に、幸か不幸か日本の倉敷民芸館の関係者の目にとまり、そこに収蔵されることになった。日本でまだ、わが国の民画について語る人がいなかった頃のことである。…
朝鮮には昔から芸術的鑑賞のための絵画とは別に、人々の生活の必要に応じて、さまざまな場所や時期に、非専門的な絵師によって多様な絵が創作され、利用されてきた。それらは大きく①生活装飾画②記録画③宗教画④冥 [...]…
朝鮮における木工家具の特徴は、わが国の住宅様式によって規定されると言える。比較的に部屋が小さく、また冬にそなえて温突(オンドル)房(パン)となっており、西洋や中国の椅子生活とは異なる平坐生活が基本であ [...]…