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ホーム » Archives by category » 文化 » 歴史 (Page 80)

〈朝鮮歴史民俗の旅〉白衣(1)

朝鮮人は自らを「白衣民族」と呼ぶ。白色の衣服を好んで身に着ける民族であるということだ。赤色が挑発的であるのに対して、白色は潔白、純粋、平和を表すという。しかし、それは色彩に対する現代的解釈であって、朝 [...]…

〈朝鮮歴史民俗の旅〉花(3)

国ごとに親しみのある花がある。英国人はバラ、中国人は牡丹である。日本人はといえばもちろん桜だろう。 親しみを感じるにはそれなりの理由がある。英国人がバラなのは、英国王室のシンボルであったことにもよるが [...]…

〈朝鮮歴史民俗の旅〉花(2)

花に対する朝鮮人の感性はするどい。「三国史記」に次のような話が記録されている。 「新羅26代真平王の時代に、唐の皇帝が牡丹を描いた絵と牡丹の種を新羅王に贈った。牡丹の種は宮廷に蒔かれ、絵は王室の間に飾 [...]…

〈朝鮮歴史民俗の旅〉花(1)

古今東西に花ほど愛され、たたえられてきたものはない。花は人々にやすらぎと喜びを与え心に潤いをもたらすからである。花を鑑賞して楽しむことは古来どの民族も等しく行ってきた。歌にうたい、絵に描き、衣服の模様 [...]…

〈朝鮮歴史民俗の旅〉酒と酒道(4)

酒は百薬の長であるともいわれる。しかし、それはたしなむ程度であればの話で、度が過ぎると禍のもととなる。その極めつけは燕山君治世12年間であった。国王は酒乱となって凶暴を振るい、宰相以下両班士大夫も宴会 [...]…

〈朝鮮近代史の中の苦闘する女性たち〉記者・崔恩喜

崔恩喜は、今から約80年前言論界に進出した草創期の女性記者であり、生涯を女性の地位向上と歴史を記録する執筆活動に捧げた女性である。 彼女は、1902年(戸籍上では1904年)黄海道白川の教育者の家庭に [...]…

〈朝鮮歴史民俗の旅〉酒と酒道(3)

朝鮮の王朝が酒造りに寛大であったのは、この民族にとって酒(マッコルリ)が生活必需品であったからである。酒は一般的には香りや匂いや刺激を得るための嗜好品である。しかし、朝鮮人にとって酒は、一義的には栄養 [...]…

朝鮮法律家学会が独島問題で白書発表

戦後、日本の主張の不当性 日本反動層は敗北後も、独島に対する侵略野望を捨てず、軍国主義の復活とともに独島強奪策動をさらに露骨に強行した。 戦後、日本反動層が「独島の領有権」を求めた「法律的論拠」の一つ [...]…

〈朝鮮歴史民俗の旅〉酒と酒道(2)

朝鮮を代表する酒は3種類。マッコルリ、清酒、焼酎である。この3種類のうち最も飲まれたのがマッコルリである。国王から民百姓にいたるまで、地位や階層にかかわらず広く飲まれてきた。オリジナルの民族酒といって [...]…

朝鮮法律家学会が独島問題で発表した白書

「島根県編入」の不法性 日本の支配層が独島を「日本の島」だと主張する主な「法的根拠」の一つは、1905年の「島根県告示」第40号による独島の「島根県編入」である。 日本反動層は、独島に対する日本政府の [...]…