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〈学美の世界 5〉表現は、軽やかに越境する/金明和

学美は、技術や規範に囚われるのではなく、子どもが自らの体験や社会と向き合い感じ考えたことを表現する「子どもの自己決定」の場である。

表現とは本来、自分以外の他者と分かち合うことのない、一般化されない自己の自律的な感覚や思考から沸き上がるものであるからだ。

学美の図工・美術教員は、子どもの表現の決定がなされるまで気長に待つ。そしてなされた決定を面白がり、尊重し、全力で支援するべく東奔西走する。

子どもは自己決定権を持つ人間であるが、まだ未成熟なため、保護され、大人の管理下におかれるか弱い存在ともされる。ゆえにその自己決定はいつも一番に尊重されるものではないが、しかし、本当に子どもは「管理」されるべき未熟でか弱い存在なのだろうか…と、図工・美術の授業の端々でとまどってしまうのである。

表現する子どもは、堂々として頼もしく威厳があるのだ。

子どもは自ら感じ、考え、決定する。その規範に囚われていない表現は、われわれ大人を混乱させ、たくさんの問いを突きつける。

「管理」という言葉を簡単に打ち砕くのである。

子どもの自己決定の結晶である学美の作品は、観る者を揺さぶる。それはウリハッキョに関わる人々に留まらず、さまざまな背景を持つ多様な人々をも魅了している。

表現は、年齢や立場、民族や国境を軽やかに越境する。

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