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〈在日発、地球行・第2弾 7〉抑圧と困難を生き抜く/キューバ

「大丈夫、我々は負けない」

「友好、連帯、尊厳。キューバの人々と朝鮮の人々を結び付けるもの」。11月初旬、キューバ共産党の機関紙「グランマ」は、同国国家評議会議長の朝鮮訪問を冒頭のタイトルの記事で紹介した。今回の歴史的な出来事にキューバ国民は何を思っただろう。抑圧と苦難の中を生きながら、反帝自主の道を歩み続ける彼らの息遣いが、今一度思い返される。

筆にこめる「声」

キューバのとあるリゾート地。周辺で働く漁師たちの生活は変わりつつある。

青い空、白い雲、どこまでも伸びる水平線。その景色に、熱い抱擁を交わすカップルの姿がどうしても被る。海に浮かぶ4人乗りボートの上で筆者は目のやり場に困っていた。これではまったくの蚊帳の外だ。とっさに船頭でオールを漕ぐ老人に話しかけた。「どれくらい前からこの仕事を?」。

褐色の肌から白い歯がのぞく。「元々は漁師の仕事をしておる。漁師歴はかれこれ40年になるかのう」。だが近頃は燃料の確保が難しく、「漁の時期以外は観光客を相手にしてボートを出している」とのこと。生業の比重は外貨を獲得できる観光業に傾きつつあるという。

生活上の困難はそれだけではない。最近では特定の薬が手に入りづらくなったとも。医療水準が高く、医薬品を自前で開発してきた国がそのような事態に陥っているとは。米国が61年にキューバと断交して以降、同国に課してきた厳しい経済制裁は人々の生活を確実に蝕んでいる。

革命博物館の風刺画。左からバティスタ、レーガン、ブッシュ親子

ゆえに米政権に対するキューバ人民の敵愾心は根深い。ハバナ旧市街に位置する「革命博物館」内部の壁には国民感情を表すかのような風刺画が描かれている。米国の傀儡だったバティスタ、キューバを「テロ支援国家」と指定したレーガン、それにブッシュ親子。いずれも悪らつな抑圧政策を執ってきたとして、キューバ国民から忌み嫌われている人物たちだ。

この悪者4人衆に新たなメンバーを加える時がそう遠くない未来に訪れるかもしれない。筆頭候補はトランプ大統領だ。2015年にキューバと米国の国交が54年ぶりに回復された後、トランプは大統領に就任。前政権の制裁緩和政策を覆して制裁強化へと踏み切った。なりふり構わぬ横暴にキューバ国内の怒りは沸点に達している。

ハバナの通りにはアーティストたちの作品が並んでいた

「一時は米国人観光客が増えて商売もうまくいったのに。あのクレイジーな男のせいで…」。ハバナの道端で絵を売っていた若いアーティストは当時を思い返して唇を噛んだ。しかし、すぐに怒りを押し殺した。「これ以上、政治の話はしない。俺は絵で語るんだ」。

一筆一筆にこめた「声」は、いつか必ず世界に届く。そう自分に言い聞かせているようだった。

“いつか元の形に”

「決して怪しい者ではありません」。そうは告げてみたものの効果は見られない。怪訝な表情で筆者のパスポートとにらめっこする、とある州都の移民局職員。無理もないか。東西に長く伸びたキューバの東端、観光客が滅多に足を運ばない地域に朝鮮籍の人間が訪れてきて、その不審者が「米軍基地」を見たいと言い出すのだから。誰もが一度は耳にしたことがあるはず。グアンタナモ米軍基地のことだ。

遠くに悪名高きグアンタナモ米軍基地が。立ち入り可能な場所からは肉眼で確認することはできない

この地は1世紀以上もの間、米国の不当な支配のもとで暗い歴史を歩んできた。スペイン領キューバの独立戦争に介入した米国によって全土が実効支配され、1903年にはグアンタナモ湾に作られた基地一帯が「永久租借地」、いわゆる米国の海外領土となる。基地内はキューバ国内法や国際法が適用されない無法地帯。「対テロ戦争」の名のもとに捕らえられた捕虜たちが非人道的な条件下で残虐な拷問に晒されている事実が明らかになると、「グアンタナモ」の名は世界中に知れ渡った。

市民感情を知りたい。筆者はその一心で、乗り合いトラックに揺られながら同州に向かい、観光案内所のアドバイスに従って移民局を訪れ、タクシーを拾って道中の検問所で足止めされながらも基地を見渡せる丘にたどり着いた。

アンタナモ基地を望める展望台。多くの時間と労力を割いて辿りついた

丘の上の展望台に立ち双眼鏡を覗き込む。基地らしきものが見えるが全容ははっきりとわからない。すると傍にいた職員が数枚の写真を見せてくれた。米軍の敷地に建てられたスーパーマーケット、教会、学校、それにキューバ島内で唯一のマクドナルドまで。現在、米兵やその家族ら3000人以上がそこで生活しているという。

丁寧に説明してくれた職員はグアンタナモ出身のユニエル(29)。彼いわく、キューバ人が近づくことすら許されていない米軍の敷地は、かつて漁師だった曾祖父が漁に出かけていた場所だという。

「誰もが『グアンタナモ』と聞けば米軍基地を連想する。恥ずかしい。ここは我々の地だ。いつかは元の形に戻したい」

運転手たちとの会話でも気づかされることが多かった

帰りの道中、タクシーに乗りこんで10分も経たないうちに運転手が窓ガラスを小突いた。「私が通った学校だよ」。指さす方向を見ると青年たちが射撃訓練にあたっている。軍事学校だった。米軍基地近くで有事があった際、すぐさま応戦できるように周辺地域にはキューバ軍基地、兵士を養成する軍事学校が置かれていた。

筆者の胸に走る緊張感を察したか、運転手はバックミラーからこちらを覗きこみ、語った。

「キューバは負けないさ。いざとなったら全国民が立ち上がるよ」

そしてクラクションを鳴らしてみせた。

「君の国もそうだろ?大丈夫。我々は負けない」

(李永徳)

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