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〈本の紹介〉朝鮮の作家・金秀景が描く「三千里の山河」を読む

2013年01月22日 15:18 文化・歴史

混濁した歴史の暗い森に分け入って

日本の天皇国家が数千万人を殺して、降伏し、米ソ2極による支配が始まる。そのすさまじい混沌のなかから朝鮮がどのように立ちあがろうとしたのか。なぜ朝鮮は分断国家にされてしまったのか。

三一書房、4,200円+税、03-6268-9714

これは今日をも、とてつもなく強く彩る、とくに北東アジアをきつく縛っている問いかけだが、金秀景さんは1950年6月の朝鮮戦争勃発へ至る、希望と絶望の激しく混ざり合った数年間に視点を据えて、つまり朝鮮現代史の端緒の日々を、より正確につかみとろうとする。そこには若き金日成将軍をはじめとする、いわゆる北緯38度線の北と南の指導者たちが実名で現われ、複雑に交錯し、けっして崩れることのない矜持を胸に、必死に朝鮮民族の単一国家形成への道をさぐる。大国米国が李承晩など〝私欲まみれの一群の朝鮮人〟としっかり手を結んで跋扈する。スターリンの統率するソ連が絡む。さらに金秀景さんは、おそらく朝鮮現代史の研究者たちにも知られていないであろういくつもの発掘秘話をさりげなく織り込んでもいる。

日本語翻訳本はA5判の2段組で約550ページだ。ずいぶん厚い。とはいえ、わたしたちは金秀景さんのかなり大胆な叙述力と想像力に導かれてひどく混濁した歴史の暗い森も渓谷も、連なる岩山にすらどんどん分け入ることができる。

そして不意に、同作品には明示されていないけれどもうひとり、朝鮮を分断固定化する、重要な演者がいたことに気づく。「日本」だ。後退したはずの「日本」が、にもかかわらずしきりにうごめいている。

日本は朝鮮を完全植民地化するために朝鮮人官憲を、もっと正確に言えば自身に媚びへつらう朝鮮人たちを作り続けたのだが、米国は朝鮮南部の支配を確立しようとそのいわば〝大日本帝国の遺児たち(親日分子)〟を手足にし、一部をもっともらしい看板に仕立てあげ、あまつさえ後退したはずの日本(天皇裕仁)もまた、こちらはこちらで支配者GHQに共産主義(内実は民族自立)阻止などの訴えをしつように繰り返し、朝鮮戦争時には性懲りもなく米軍の背にこっそりと隠れ朝鮮再侵略を繰り広げている。

さて、あらためて考えたい、「三千里の山河」の世界は〝もう遠い昔のこと〟だろうか。わたしたちはいま2人の、韓国と日本の最高位で笑う人物を目にしている。朴正煕の娘の槿恵と岸信介の孫の安倍晋三である。

朴正煕は典型的な〝大日本帝国の遺児〟で、たとえば日韓条約(65年締結)を材料に日本からせしめた表裏の巨額金(条約金額=無償3億ドル+有償2億ドル+民間借款3億ドル。ちなみに当時の韓国国家予算=約3.5億ドル)を懐にしている。

岸信介は周知のように大殺戮犯罪の指導者のひとりであり、朝鮮戦争特需(24億ドル=約8,640億円。当時の日本国家予算=7千億円前後)で潤った日本の首相にのしあがり日米安保条約などで自民族を恥ずかしげもなく毀損したのだった。両者ともに米国所有の、哀しきマリオネットだった。

ようするに彼らの、まさに血を引く朴槿恵と安倍晋三の同時登場は先の大戦直後の裏切りに満ちた基本構図が何も変わっていないことをまざまざと教えてくれるのである。

だから、私たちは、あらたに原点を確認して出直すべく「三千里の山河」の描く歴史舞台へ、真顔で、率直に戻らなければならない。 これは日本人にこそすすめたい一書である。

(野田峯雄 ジャーナリスト)

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