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〈ウリ民族の姓氏-その由来と現在 9〉中国式に王名変えた後期新羅/起源と変遷(7)

三国時代が終わりを告げたのは、覇権を争う新羅が唐帝国と連合し、660年に百済を、668年に高句麗を滅亡させたからである。 しかし、新羅は大同江以南を統合しただけで、北部では旧高句麗の遺民たちが大祚栄(…

〈ウリ民族の姓氏-その由来と現在 6〉当初は神誌文字で表記/起源と変遷(4)

周知のように、わが国では檀君の古朝鮮時代、すでに民族固有の文字―神誌(シンジ)文字が創製され、人びとの間で広く使用されていた。 神誌(神市とも表記)文字とは、もともと「王や支配者の文字」という意味であ…

〈ウリ民族の姓氏-その由来と現在 5〉三国時代の始祖王、漢字姓用いる/起源と変遷(3)

古朝鮮時代をへて三国時代に入ると、わが国の支配階級は漢字による姓氏への表記をしだいに通例化し、それを社会的風潮として定着させていった。 まず高句麗(コグリョ)の例を見よう。紀元前227年頃、自ら檀君の…

〈ウリ民族の姓氏-その由来と現在 3〉檀君朝鮮時代にすでに使用/起源と変遷(1)

朝鮮民族固有の姓氏の起源とその変遷は、きわめて長い歴史と伝統に彩られている。 ではまず、その起源であるが、この点について先に指摘しておかなければならないのは、軍国日本当時の、いわゆる「朝鮮姓氏不在論」…

〈ウリ民族の姓氏-その由来と現在 4〉「中国式の姓使用」は誤り/起源と変遷(2)

わが国の最近の史料研究によると、古朝鮮には「王受兢(ワンスク)」という人物がいたこと、また裵(ペ)・裴氏の一族は、檀君時代に朝鮮南部へ移住して広まったことなどが確認されている。 ここに登場する王氏と裵…

〈ウリ民族の姓氏-その由来と現在 2〉はじめに(続)・忘れてはならぬ「創氏改名」

朝鮮の姓氏とその歴史を見て行くうえで、どうしても触れなければならない忌まわしい事実がある。 それは軍国日本が1939年11月、いわゆる「皇民化」政策の一環として、全朝鮮人に強制した「創氏改名」の暴挙で…

〈ウリ民族の姓氏-その由来と現在 1〉はじめに・アイデンティティーそのもの

「朝鮮の姓氏」といえば、在日同胞の若い人たちは、まず何を思い浮かべるであろうか。 たぶん、自分自身の姓氏と本貫(ポングヮン、始祖の出身地)のこと、次に母方の姓氏と本貫のこと、そして結婚していれば妻、あ…