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〈朝鮮仏教と私たち 37〉高麗・普愚(下)

仏教界改革に尽力 普愚(1301-1382)は13歳で出家し松都・栴檀(せんだん)園(えん)で「無字」を研究しながら大悟した。1345年元に渡り燕京の大観寺に逗留しながら湖州・霞霧山の石屋(ソゴク)清…

〈朝鮮仏教と私たち 34〉高麗・八萬大蔵経(上)

6568巻、総枚数8万1,258枚現存 高麗時代に刊行された仏教三蔵の聖典を総称して高(コ)麗(リョ)大(テ)蔵(ジャン)経(ギョン)という。蔵(チャン)とは一切の仏教文書や教義を蔵するという意味で仏…

〈朝鮮仏教と私たち 35〉高麗・八萬大蔵経(下)

外敵と戦いながら16年で完成 仏教遺産の至宝である「高麗八萬大蔵経」は朝鮮民族が誇る偉大な文化遺産である。 先祖たちはモンゴルの侵入という国難に立ち向かい、外敵との戦いを続けながら16年の歳月を費やし…

〈朝鮮仏教と私たち 33〉高麗・一然(下)

一然和尚(1206-1289)が生涯をかけて完成させた「三国遺事」は、国土をモンゴルに踏みにじられた戦乱の中で自国の文化に対する限りない愛情と伝統意識をもって高麗社会の民族的覚醒を呼び起こすために仏教…

〈朝鮮仏教と私たち 32〉高麗・一然(上)

「三国遺事」を著した歴史家 一然禅師(1206-1289)は高麗中期、元の侵入による国難の時代に生きた禅僧である。「三国遺事」5巻を仏教者の目で執筆した歴史家として名高い。一然和尚は、九山禅門・迦智山…

〈朝鮮仏教と私たち 31〉高麗・知訥(下)

心を磨いてこそ苦悩克服 仏日普照国師・知訥は曹溪宗中興の祖であり、朝鮮の禅宗を確立し高麗時代に光を放った僧である。  禅の思想はすでに元暁の思想においても底流を成しているが中国の禅思想が朝鮮に入ってく…

〈朝鮮仏教と私たち 30〉高麗・知訥(上)

堕落する貴族、高まる民衆の不満 高麗中期、太平の世が長く続き宴会に明けくれる貴族たちに武臣や民衆の不満は溜まる一方であった。西京(平壌)を拠点に起きた妙清の乱(1135)、文人の横暴に業を煮やした武人…

〈朝鮮仏教と私たち 29〉高麗・義天(下)

高麗中期最大の宗派・天台宗 天台宗が一宗派として朝鮮に開立されたのは大覚国師・義天によってである。