公式アカウント

〈朝鮮歴史人物〉囲碁王・道琳(1)

百済の蓋鹵王は、今日も道琳と対座して碁を打っていた。毎回、絶妙な手を使う道琳の腕前は、やはり「囲碁王」と呼ばれるだけのことはあった。 「道琳先生は、囲碁をどこで習われた?」 今回も道琳に負けてしまった…

〈朝鮮歴史人物〉温達と公主(4)

平原王は、とても驚いた。 (では、あの「バカ温達」か?) 満足した王は、温達を大いに評価し、彼に大兄*という高い官位を授けた。 そして肩を張り、こう言った。 「皆の者、よく聴け。この者は余の婿であるぞ…

〈朝鮮歴史人物〉温達と公主(3)

こうなると、数日後には「バカ温達」は跡形もなく消え、気品のある若者が新たに誕生した。 公主は、馬を買いに市場へ行く温達の腕を引っ張り、言い含めた。 「どうか市場の人の馬を買わないで、国の馬で病気にかか…

〈朝鮮歴史人物〉温達と公主(2)

その当時、平原王の幼い娘がよく泣く子であったため、宮殿内はその噂がかまびすしかった。 こうしても泣き、ああしても泣くので、ある日、王は冗談でこんなことを言った。

〈朝鮮歴史人物〉温達と公主(1)

宮殿を出た公主(王女)は、すでに何度も温達の家を聞き、やっとのことで訪ねていった。つぶれかけたあばら屋には、盲目の母が独り座っていた。 公主は年老いた母の前にやおら近づき、丁寧にお辞儀をしてから息子の…

〈朝鮮歴史人物〉高句麗の国力強化に寄与した広開土王(6)

しかし粛慎は、それに止まらず機会があるごとに高句麗に対する侵犯を事とした。 広開土王は、西北方面への進出を計画し、398年に粛慎を征伐した。 広開土王は、高句麗から遠く離れた粛慎に入り大々的な武力示威…

「河野談話」と日本の責任/東京でシンポジウム

人権意識の欠落を浮き彫り、「慰安婦」バッシングを越えて 「慰安婦」バッシングを越えて-「河野談話」と日本の責任-出版記念シンポジウム(主催:バウラック「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター…

〈朝鮮歴史人物〉高句麗の国力強化に寄与した広開土王(5)

広開土王は、400年に行った新羅救援作戦で百済・「倭」軍を追撃して南海岸の果てまで進出し、404年には百済・「倭」の連合軍が海より帯方界(現在の黄海道南部海岸地方)に侵入した時は平壌城から自ら軍を率い…

〈朝鮮歴史人物〉高句麗の国力強化に寄与した広開土王(4)

高句麗は、百済を孤立させる策として新羅を抱き込む政策をとった。新羅は本来、伽、倭(伽―百済などの系統の移住民の後裔が形成した小国家政治勢力の総称)の諸小国のうち多くの勢力とは利害が相反する関係にあり、…

〈朝鮮歴史人物〉高句麗の国力強化に寄与した広開土王(3)

広開土王は兵を集め、熱を入れて訓練させた。 王は臣下にこのように諭した。 「我らは天神である檀君の後裔である。世の中で最も優れた民族である我らは、すべからく尊厳をもって力強く生きねばならない」 王は全…