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〈高麗人参余話 50〉にきび

にきびは「青春のシンボル」などと悠長な事を言ってはいられない。一般に思春期の男女に多く、23歳までには自然に治るとされているが、大事な顔の中に赤みを帯びながら大きくふくれてくる。細菌に感染しやすく、だ…

〈高麗人参余話 49〉ミス・コリア

忠清北道清州の事業家キム・チャンウ(61)さん一家は、娘5人のうち4人がミス・コリアに入選した。 長女ヒジョン(32)、三女ミンジョン(28)、四女ミソン(24)、五女ヨンス(22)だ。 父母が語るそ…

〈若きアーティストたち 25〉神戸朝高音楽教員・千守日さん

1998年に神戸朝鮮高級学校に赴任し、音楽教員を担当。吹奏楽部を指導して今年で7年目を迎えた。 吹奏楽部のみならず、舞踊部や記念行事の曲など、さまざまな曲作りを手がけるウリハッキョの音楽界ではちょっと…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉大隈重信(上)

大隈重信(1838~1922)は明治期に1回、大正期に1回、計2回、総理大臣になったことのある、近代日本政治家中の大物である。大隈の満84年の生涯を短文中に表現することは、その長い政治的経歴と、波瀾に…

〈朝鮮歴史民俗の旅〉盗賊(2)

林巨正は聡明で腕っぷしも強く、人心掌握においては天才的な才能を持っていた。しかも、智略にたけ人情も厚く、白丁の世界にあっては親分と慕われていた。頼りがいのある人物だったので、数十人の白丁たちが義兄弟の…

〈高麗人参余話 48〉人蔘湯

蔘鶏湯は料理だが人蔘湯は漢方薬である。漢方では4~12種類の生薬を用いる場合が多く、この処方を方剤と呼ぶ。漢方方剤の構成は「君」「臣」「佐」「使」の4種からなる。君とは主薬の事で臣は補助薬、主薬を助け…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉大隈重信(下)

廟堂での征韓論に敗れた西郷は、明治10年、西南戦争を起して敗死し、非征韓派の総師たる大久保も明治11年、出勤途中、征韓派士族島田一郎たちにより暗殺される。そして、大久保亡き後の明治政府の実権は、自然、…

〈朝鮮史を駆け抜けた女性たち 3〉済州島の豪商、金萬徳

「済州島の永遠なる母」、「犠牲と奉仕の済州島の母」。その生涯、一度も子を産むことがなかった金萬徳(1739~1812)を、今も済州島の人々はこう呼ぶ。 農業が発達し、商業の活性化という当時の社会的背景…