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〈人物で見る日本の朝鮮観〉幸徳秋水(下)

明治34年1901年4月、幸徳秋水は「廿世紀之怪物帝国主義」を刊行した。この著で秋水は、帝国主義は愛国心を経となし、軍国主義を緯となす、として、所謂、愛国心と軍国主義を批判した。しかし秋水は、日本の愛…

〈朝鮮歴史民俗の旅〉契(1)

農民はいつの時代も、米を作って国を支えながらも、生活苦を強いられていた。農民を苦しめたのは税金であり地代であった。税金は官吏がまきあげ、地代は地主が搾り取っていた。保護すべき政府は無能無策であったので…

〈高麗人参余話 49〉ミス・コリア

忠清北道清州の事業家キム・チャンウ(61)さん一家は、娘5人のうち4人がミス・コリアに入選した。 長女ヒジョン(32)、三女ミンジョン(28)、四女ミソン(24)、五女ヨンス(22)だ。 父母が語るそ…

〈若きアーティストたち 25〉神戸朝高音楽教員・千守日さん

1998年に神戸朝鮮高級学校に赴任し、音楽教員を担当。吹奏楽部を指導して今年で7年目を迎えた。 吹奏楽部のみならず、舞踊部や記念行事の曲など、さまざまな曲作りを手がけるウリハッキョの音楽界ではちょっと…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉大隈重信(上)

大隈重信(1838~1922)は明治期に1回、大正期に1回、計2回、総理大臣になったことのある、近代日本政治家中の大物である。大隈の満84年の生涯を短文中に表現することは、その長い政治的経歴と、波瀾に…

〈朝鮮歴史民俗の旅〉盗賊(2)

林巨正は聡明で腕っぷしも強く、人心掌握においては天才的な才能を持っていた。しかも、智略にたけ人情も厚く、白丁の世界にあっては親分と慕われていた。頼りがいのある人物だったので、数十人の白丁たちが義兄弟の…

〈高麗人参余話 48〉人蔘湯

蔘鶏湯は料理だが人蔘湯は漢方薬である。漢方では4~12種類の生薬を用いる場合が多く、この処方を方剤と呼ぶ。漢方方剤の構成は「君」「臣」「佐」「使」の4種からなる。君とは主薬の事で臣は補助薬、主薬を助け…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉大隈重信(下)

廟堂での征韓論に敗れた西郷は、明治10年、西南戦争を起して敗死し、非征韓派の総師たる大久保も明治11年、出勤途中、征韓派士族島田一郎たちにより暗殺される。そして、大久保亡き後の明治政府の実権は、自然、…