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〈歴史×状況×言葉 12〉中島敦(下)/自己を揺るがした朝鮮体験

2011年01月24日 00:00 歴史
愼蒼宇著「植民地朝鮮の警察と民衆世界」(有志舎)。植民地期の警察と民衆の関係について詳しい

愼蒼宇著「植民地朝鮮の警察と民衆世界」(有志舎)。植民地期の警察と民衆の関係について詳しい

中島敦の「巡査の居る風景―一九二三年の一つのスケッチ―」は、日本の支配権力の下で巡査として働く主人公趙教英の民族的葛藤を、同化と差別、親日と反日が入り混じる植民地下ソウルの複雑な現実とともに描いた。弱冠20歳の頃の習作だが、植民地支配の虚偽、3.1独立運動以後の「文化政治」の欺まん性を告発し、とくに日本人の立場から、朝鮮人巡査という支配と被支配のはざまで揺れ動く人物を造型した点は特筆に価する。

民族への「果たされない義務の圧迫感」と、抵抗への覚醒に対する恐怖の間で怯える趙は、朝鮮総督への爆弾テロ犯を捕えた際、犯人の朝鮮人青年から「捕われたものは誰だ。捕えたものは誰だ」と突きつけられる。その問いは、日本に渡った夫を関東大震災で虐殺され、その事実を告発し巡査に捕まる娼婦金東蓮によって、さらに振幅を増す。「何だ、お前だって、同じ朝鮮人のくせに、お前だって、お前だって」と。植民地主義とは、被支配者同士を分断する暴力であること。朝鮮人が、支配者の手先となって同じ朝鮮人を差別する。「同じ朝鮮人のくせに」対立し合うよう仕向けられる構図は、まさしく克服すべき今日の現実そのものである。

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