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〈東京大空襲と朝鮮人犠牲者(下)〉強制連行の被害者たち

2014年02月18日 16:47 歴史

(3)米軍の集中爆撃

米軍は軍関連企業・軍需工場を集中的に狙った。米軍は爆撃前、付近に「聖路加病院は米陸軍の病院として使うので爆撃しない」というビラを撒いた。本願寺が無事だったのはこのためである。占領後を考えて、米軍は丸の内付近をあまり爆撃しなかったといわれる。軍関連の企業や工場は、先に見たとおり、本所区(現・墨田区)と深川区・城東区(現・江東区)に集中していた。最も被害が多かったこの地域だけで、全死傷者の8割が出た(「帝都防空本部情報147号」)。

連行された朝鮮人が主に軍需工場で働かされ、渡日した朝鮮人も下町で部落を形成していたことを考慮すれば、大空襲での朝鮮人被害は日本人より高率とみるのが妥当であろう。国立公文書館所収「昭和20年(1945年)諸達書類編冊(左翼内鮮)特別高等課」の「内地在住朝鮮人戦災者(1945年9月25日)によれば、東京在住朝鮮人9万7632人中、戦災者は4万1300人(42.3%)である。死者はこのうちの多数、少なくとも1万人を軽く超すとみられる。

(4)日本政府と関連企業の責任

東京大空襲で犠牲になった朝鮮人は、日本による植民地支配と強制連行の被害者たちである。

半世紀をゆうに超え、名前と本籍地はもとより遺骨すらほとんど残っていない現状は、まことに厳しい。しかし遺族たちはいまなお、肉親の行方・消息を捜しており、遺骨の欠片でも還してほしいと願っている。死者(遺骨)と遺族に思いをはせるべきである。日本政府と関連企業の責任は実に重い。

政府と東京都(市区町村)は、自らが保有している厚生年金データ、供託金名簿、埋火葬認可書、戸籍受付帳、寄留名簿などを調査・再調査し、その結果を資料とともに公表・公開しなければならない。政府は一貫して非人道的かつ非協力的であった態度を改めるべきである。

強制連行関連企業は、就業者名簿などを含めたすべての文書・資料を進んで提出しなければならない。すでに政府に提出したという企業は少なく、それすら保管資料の一部にしか過ぎない。関連企業は、元従業員が保有する個人資料をふくめ、資料提出に消極的であってはならない。

東京朝鮮人強制連行真相調査団(以下、東京調査団)は、「東京都慰霊堂戦災死者遺骨名簿」原本を閲覧し、遺骨を確認(2005年12月27日)した後、東京都慰霊堂で50人の犠牲者の遺骨壺を写真撮影(2008年5月14日)し、CDに収めて平壌とソウルに送った。

南北で遺族捜しが行われているが、前述のごとく「創氏改名」されており、本籍なども不明であるため、困難を極めている。

朝鮮北部出身者に関しては、国交正常化を待たずにあらゆる資料と情報を、朝鮮民主主義人民共和国に渡すべきである。まず、政府が1946年に作成し保管している13万7406人の北部出身者の名簿を共和国に引き渡さなければならない。日本政府と東京都および関連企業は、さしあたり本調査団が公表した50人の犠牲者の遺族を捜し、遺骨を奉還すべきである。

◇ ◇

21世紀、日本とアジアの平和にとって必要不可欠な問題は、日本の「過去の清算」である。

日本政府の戦後処理の基本政策は、謝罪と反省、真相究明と補償なきアジアの国々との「国交正常化」、言い換えれば「受忍」論を振りかざして旧軍人・軍属とその遺族にはこれまで総額50兆円もの恩給や年金を支給しながら、被爆者や民間の空襲被害者らを切り捨て、朝鮮人を含む外国人被害者を排除してきた、まやかしの政策に他ならない。

被害者たちは今も癒えない傷痕に苦しんでおり、数え切れない同胞たちの遺骸、遺骨が日本とアジアの山野に埋もれている。

来年は朝鮮解放70年、「韓日協定」締結50年になる。

「東京大空襲で亡くなった朝鮮人は誰と誰と誰か」と問う。「少なくとも1万人を軽く超す」では死者が浮かばれない。

一人、ひとり、また一人に「思い」を馳せ、「心に刻む」べきである。

(李一満・東京朝鮮人強制連行真相調査団事務局長)

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