〈読書エッセー〉晴講雨読・朝鮮科学史研究と拙著/任正爀
2026年01月14日 08:23 寄稿大学院を終え朝鮮大学校の教壇に立つようになって40年が過ぎた。それは同時に、朝鮮科学史研究に勤しんだ年月でもある。筆者の専攻は物理学であるが、ある時、朝鮮には物理学者はいなかったのか、という問いが頭をよぎった。ところが、その時まで朝鮮科学史についてまったく知らなかった。そして読んだのが朝鮮で1956-57年に出版された李容泰編『わが先祖の誇り・科学と技術のはなし』全2巻である。この本で出会ったのが実学者として知られる洪大容であり、かれの無限宇宙論であった。以降、朝鮮科学史研究に邁進することになるが、今回は拙著に関するいわば番外編である。
まず、基本知識を蓄積するために『わが先祖の誇り』を日本語に訳した。この本は編者の李容泰をはじめ当時を代表する学者たちによる朝鮮の誇るべき科学・技術の分野別解説書で、現在もその価値を失っていない。より多くの人に知ってもらおうと友人たちの協力を得て『朝鮮の科学と技術』という題名で1993年に明石書店から出版した。

『朝鮮の科学と技術』
同時に朝鮮科学史と関連する様々な情報を集め、日本科学史学会誌『科学史研究』や『朝鮮時報』、『統一評論』などに関連記事を書いた。95年にそれらを一冊にまとめ『朝鮮科学史文化史へのアプローチ』(明石書店)を出版した。朝鮮の宇宙論、朝鮮科学史研究の座標、人物史への視点、伝統科学から民族科学への4部構成による、日本では類のない評論集である。
実は本欄にはそのなかの書籍に関する文章を書き直したものもある。
また、そこには植民地期から解放以降に活躍した学者たちの簡単な評伝も含まれているが、97年にはその問題意識をより発展させて『現代朝鮮の科学者たち』(彩流社)を出版した。この本は後にソウル大学校・韓国教育史庫の一冊として翻訳出版された。
これらの作業と並行して朝鮮の宇宙論を中心とする研究に力を注いだが、その過程で自身の研究成果をまとめた専門書、一般向けの朝鮮科学史の解説書、そして内外の研究者たちの論文による古代から植民地解放までの通史の出版を目標に掲げた。すなわち「三部作」である。
そのために朝大図書館の蔵書から朝鮮の研究者たちの文献を集めたが、前述の『わが先祖の誇り』もそうだが、貴重な資料を数多く見つけた。まさに宝庫である。
そして、まずは朝鮮王朝時代を主題としたものを翻訳し、2001年に『朝鮮科学技術史研究』(皓星社)を出版した。しかし、その後、しばらくは自身の研究を深めることに専念し、進展はなかった。契機となったのは朝鮮が日本の植民地となった年から数えて100年目にあたる、2010年を迎えてのことである。
日本の植民地支配とはいったい何だったのか、様々な角度から議論されたが、被支配者である朝鮮人の主体的活動に関する考察は相対的に少なかった。同時に、科学技術に関してはほとんど触れられることはなかった。そんな状況に一石投じようと、開化期および植民地期を主題とした韓国科学史学会の諸先生方と在日の若い研究者の論文を集めた『朝鮮近代科学技術史研究』(皓星社)を出版した。
この頃には、本紙での『人物に見る朝鮮科学史』の連載を終え、朝鮮の宇宙論に関する研究も最終段階を迎え、三部作の道筋が見えはじめた。
ところが、ここで思いがけない出来事に遭遇した。11年、東日本大震災である。周辺で起こった様々な出来事を前に、自分は何のために研究を行い、その意義はどこにあるのか、考えずにはおられなかった。
幸いその答えは研究のなかにあった。思えば、いやなことやつらいことがあった時には努めて朝鮮科学史の原稿を書いた。科学史に先人の英智を見出す作業は実に楽しく、勇気づけられることも多かったからである。もし、同じような感想を抱いてくれる人がいるならば、それが研究の意義となるだろう。そう思えてからは一気に駆け抜けた。
まずは、その年の9月に『朝鮮科学史における近世―洪大容・カント・志筑忠雄の自然哲学的宇宙論』(思文閣出版)を上梓した。筆者は洪大容の無限宇宙論こそは朝鮮科学史における最も優れた理論的業績であると考えているが、その本ではとくにドイツの哲学者カントの「星雲説」との比較検討によってそれを強調した。
次に12年に『エピソードと遺跡に見る朝鮮科学史』(皓星社)、そして15年に古朝鮮から高麗時代までを扱った研究論文を集めた『朝鮮古代中世科学技術史研究』(皓星社)を出版して、ついに三部作は完成した。一時、目標が遥か遠くに感じられ、果たして三部作は世に出るのかと弱気になったこともあり正直ほっとした。

『虎列刺、朝鮮を襲う』
さらに、15年には朝鮮医学史研究の第一人者といえる申東源・全北大教授の著書『虎列刺、朝鮮を襲う』の翻訳本を法政大学出版局から出版した。
本紙の書評で文芸評論家の卞在洙先生は、内容を高く評価され、「訳文のすばらしさとゆきとどいた訳注ゆえに、多くの読者を得ることは可能であると信じる」と書いてくださったが、それには訳がある。この本の校正には1年ほどかかったのだが、担当された編集者は誤字・脱字はもちろん、事実関係の確認、文章の正確さと訳注に至るまで、実に丁寧かつ厳しく追求された。正直、優れた編集者はここまでするのかと感心した。
そこから10年、現在、未だ解決をみない日本の植民地過去清算問題を考える材料を提供したいという思いから論文集『植民地朝鮮における日本の科学技術』を準備している。これまで朝鮮大学校教員として在日朝鮮人を代表する知識人を目指してきたが、10冊目となるその本が完成すれば、それに近づいたといえるかもしれない。もっとも、まだまだやるべきことは多い。
そんななか本紙『晴講雨読』の執筆は、筆者にとって書籍を通じて様々なことを考える貴重な機会であり、読者の好意的な感想は大きな力となっている。今後もこれまでお世話になった人たちへの感謝を忘れずに、頑張りたいと思う。
(朝大理工学部講師)