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〈本の紹介〉世界を変えたスパイたち / 春名幹男 著

2025年05月27日 07:30 対外・国際

ウクライナ紛争にいたる暗闘の歴史

朝日新書 970円+税

ソ連の崩壊は社会主義が失敗した当然の結果ではなく、米国がソ連に仕掛けた秘密工作が功を奏したのではないか。公開された公文書や関係者の著作などに基づき歴史の舞台裏で蠢いた情報機関、スパイたちの動向を描いた本書の視点だ。

例えばレーガン政権時代、ソ連の情報機関KGBのスパイが祖国を裏切り、西側諸国からハイテク技術をひそかに入手するための機密組織が自国で運営されていることを記した文書をフランスのスパイに渡した。それがホワイトハウスに提供される。米国はソ連を混乱に陥れるために、製品が輸出される時は「純正」と見せかけ、後になって故障する仕掛けを施した。「ソ連軍の装備に使われる改造半導体」「化学工場に関わる偽のソフトウエア」「NASAの反対で廃棄された欠陥スペースシャトルの設計図」などがあったという。

著者は「ソ連が崩壊した原因」は「石油・天然ガスなどの輸出で外貨を稼ぎ、その外貨で食糧を輸入して国民生活を維持するという脆弱な経済体制を突かれたからだ」と指摘する。レーガン政権は情報機関を通じてサウジアラビアと「対ソ警戒」で合意し、ハイテク兵器供与を続けながら、石油戦略でも連携した。1985年にサウジアラビアが石油を急激に増産した後、石油価格が急落し、ソ連経済も急坂を転落するように破綻した。同時にソ連の経済圏であった東欧諸国への援助ができなくなり、米主導のNATOに対抗したワルシャワ条約機構は瓦解した。

1991年のソ連崩壊後、KGBは解体されたが、その後続機関であるFSBの長官を務めたプーチン氏が2000年、ロシア大統領に就任。本書はその後、米ロ間で展開されたスパイ合戦、トランプが出馬した米大統領選やウクライナをめぐる暗闘についてもふれている。ロシアの対西側情報工作に関する記述には飛躍もあるが、トランプ落選後に起きたウクライナ紛争について、本書は一般メディアが流布する「プーチン悪玉論」に終止しない。「ソ連を崩壊させNATOを拡大した西側に対して、プーチンが報復しているのだ」-冷戦終結から今に至る出来事に潜むスパイたちの活動に注目した著者はそう述べている。

(永)

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