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〈読書エッセー〉晴講雨読・在日朝鮮人の歴史を伝える自分史/任正爀

2025年05月16日 08:07 寄稿

今年は祖国解放80周年の節目の年である。また、今月25日は総聯結成70周年でもあり、愛族愛国運動に携わってこられた人たちには感慨深いものがあるに違いない。

在日朝鮮人の歴史はさまざまな出来事の記録と学校をはじめ各組織の沿革史とともに、個々人のいわば自分史によって記述されるだろう。これまで在日一世・二世の人たちの自分史や手記は少なくはないと思われるが、今回は身近にある鄭武鎮『過ぎし日を回顧して』と鄭元海『我以外皆我師』の所感を述べてみたい。

実は、これまで在日一世の手記や自分史はほとんど読んでこなかった。というのも、厳しい生活体験が綴られていると思うと、読むのは辛いかなという気持ちが先立つからである。

契機となったのは去年11月の「総聯分会代表者大会2024」に参加して、各地の代表者の特色ある討論が聞けたことである。いろいろと勉強になったが、一世たちが築いてきた伝統を継承した若い人たちが、新しい感覚で分会を活性化している経験談からは大きな力を得た。そして、改めて一世たちの物語を読むべきという思いを強くした。

この時、もう一つ思ったことは分会活動が活発なのはやはり大きな支部があるからで、地方には分会はおろか支部が正常稼働していないところもある。当然、地方の代表者の討論は少ない。そうであるならば、分会活動と切り離してもそれぞれの地域での一世たちの歴史を整理する作業が必要となるに違いない。すでに総聯中央直属の在日朝鮮人歴史研究所がその任を果たしているが、その重要性はより高まるだろう。また、連載中の「歴史の『語り部』を探して」「記憶を歩く」をはじめ本紙の記事にも期待がかかる。

さて、長野は総聯組織が強く、朝・日親善事業も活発に行っている所であるが、そこで大きな役割を果たしてこられたのが、鄭武鎮先生と鄭元海先生である。ハングル能力検定協会を結成し理事長を務められたことだけでも容易に推し量ることができるだろう。

『過ぎし日を回顧して』

『지난 날을 회고하여(過ぎし日を回顧して)』は鄭武鎮先生が70歳を過ぎ周辺の人たちからの勧めもあって子どもたちに語るように半生をまとめたもので、1994年に自費出版された。全16章のうち8章までが解放前の出来事である。1918年に慶尚北道慶州郡の比較的裕福な農家に生まれた著者は、牧歌的な幼少時代を過ごす。ところが、父親の浪費によって家は没落、15歳の頃には一家の家計を支えるために他人の家の作男をはじめ辛い労働を行う。そして、より労賃が高いという日本に密航、九州戸畑の鉄工所で働く。

その後、向学に燃える著者は友人の伝手で大阪に移り、ある日本人商店で働き場所を得て、大阪商工業実務学校に通う。当初は聴講生であったが、1年後に正式な学生となる。ところが、生活費と学費、さらには家への仕送りのための疲労から学業が疎かになる。これでは学校に通う意味ないと教員から諭された著者は商店をやめ、自由に時間が取れるだろうと商売を始める。ここから、商工人としての著者の挑戦が始まる。

時に人情味ある人たちの助けを受け、時に裏切られ、さらに日本の官憲に追われるなど、その過程はまるで立身出世の小説を読んでいるようである。実際、辛い目に遭っているのだが、ご本人の前向きな性格からなのか読んでいて悲惨さを感じない。これまで一世たちの手記は暗い気持ちになりたくないと敬遠していたのだが、ここまで読み進めてそうではなく、その生き様から力と勇気を得ること、これが「正しい読み方」ではと思うようになった。

さらに、解放直後の複雑な状況と在日本朝鮮人連盟(朝連)結成と解散、在日朝鮮統一民主戦線(民戦)の顛末、そして総聯の結成など、教科書的な話は聞いてはいたが、その渦中に身を置き、何を考えどのように行動したのかという生々しい話は実に教訓的である。

その後も著者は総聯の活動家として長野でのウリハッキョ建設や朝銀信用組合の設立をはじめ常に先頭に立った。そして、金日成主席の教えを忠実に実践してきたその苦労が報われたのが、第16章「一生忘れられないその日の栄光と幸福」である。鄭武鎮先生は2000年に他界、82年の波瀾万丈の人生に幕を閉じた。

鄭武鎮先生には5人の子息がいるが、長男と次男は朝鮮に帰国し三男の鄭元海先生が父の後を継いだ。2021年に自費出版された鄭元海先生の自分史のタイトルは『我以外皆我師』でちょっと変わっている。というのも、副題に「或る在日二世の交友見聞録」とあるが、その過程における教訓をそのままタイトルとしたからである。

『我以外皆我師』

全9章で第1章がスタンダードな自分史だ。1949年に信州上田で生まれ幼少時代を過ごした後、茨城朝鮮中高級学校(当時)と朝鮮大学校で寮生活を送る。卒業後は教員、朝青の専従活動家となり、その後に家業を継ぎパチンコをはじめとするさまざまな事業を行う。ちょうど民族教育をはじめ総聯事業が発展の一途をたどる時期でもあり、その過程は在日二世の典型ともいえるのではないだろか。筆者は鄭元海先生よりも少し後の世代だが、共感するところが多かった。

第2章からは会社のことや、在日本朝鮮人体育連合会(体連)役員としての活動をはじめ、第1章を補完する内容となっているが、なかでも第5章「ハングル能力検定協会について」は興味深く読んだ。さらに、著者の趣味は写真で、本書にも貴重な写真が数多く収録されているが、それらはまさに時代を写し出している。

また、「別添」にも、従来の自分史では見られない項目が並ぶが、「イヨッ川柳役者!」での「トルチャンチ/世界に一つ/孫の詩」ではほっこりとした気持ちになり、「巡り合い/人脈つくり/金脈に」は納得である。

実にユニークな自分史であるが、鄭武鎮先生の自分史を前に同じように書くことにためらいがあり、であれば全く新しい形式にしようと思われたのではないだろうか。あくまでも筆者の想像である。

鄭元海先生は朝大理学部・物理学科の先輩で、これまで何かとお世話になってきた。そんな縁でその本も直接頂くことができたが、在日一世・二世の自分史や手記はどれほど知られているだろうか。それらは在日朝鮮人の貴重な財産であり、その一覧表はいわば財産目録である。すでにあるかも知れないが、もしないならばその作成を若い人たちが行ってくれることに期待したい。

(朝大理工学部講師)

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