〈今月の映画紹介〉シビル・ウォー アメリカ最後の日/アレックス・ガーランド監督
2024年10月18日 14:00 社会米国の不安の表出
「今月の映画紹介」では、上映中または近日公開予定の注目映画を、月に1度、紹介します。
「シビル・ウォー(Civil War)」とは内戦を意味する。本作が米国でヒットした裏には、内戦が現在進行形で危惧されている背景がある。
国力低下が著しい米国では近年、様々な社会問題が頻出し、21年の米連邦議事堂襲撃事件は「米社会の分断」という現実を全世界に晒した。その後も米国の分断は修復不可能なレベルに発展している。「分断からの内戦」という構図は日本では現実味がないが、州軍という軍事組織がある米国ではリアルな危機として懸念されている。その背景と米大統領選も相まって、本作は24年4月の全米上映後、瞬く間に大きな反響を呼んだ。
本作の舞台は近未来の米国。2期縛りの憲法を破って3期目を迎えた大統領率いる政府軍と、連邦から離脱したテキサス州とカリフォルニア州の「西部勢力」が交戦している。つまり、西側諸国が吹聴する「専制主義の危険性」を米国が体現しているという設定だ。その中で主人公・リーをはじめとするジャーナリスト4人が、劣勢の大統領に単独インタビューするため陥落目前のワシントンD.C.に向かうというストーリー。一兵士の英雄譚などの「戦争モノ」ではなく、ロードムービーの体をとっている。
荒唐無稽な設定ながら観客を引き付け、自分事に考えさせるのは、本作の描き方の妙だ。
第一に、両軍の信条や物語の設定に至るまで、あからさまに説明するのではなく、細部で暗示する程度でとどめている。西部勢力部隊のリーダー格を黒人女性が務めていることや、大統領が「3期目」ということで両軍の性格は伺えるが、冗長な説明はない。このあいまいな世界観を前に、米国の分断に対して問題意識を持つ観客は思わず現実の世界を投影してしまうのだろう。
さらに、その説明を差し置いて映画の大半を占めるのは、凄惨な戦場のカオスだ。主人公たちの道程を通じて、内戦が起こった場合の現実を描いている。物資の取り合いにはじまり日常化するテロ、銃を携えた相手との交渉、敵兵とあらば躊躇なく射殺、処刑する現実、戦乱に乗じた殺人鬼など、緊迫のシーンが続く。不条理な死が横行する様をリアルな感覚で突き付けられるのだ。
鑑賞後、緊張状態による疲労感が全身にまとわりつく中、なぜ「戦争モノ」ではなくロードムービーで内戦の実相にフォーカスして描いたのか考えを巡らせた。すると、リーが抱いていた使命感が思い起こされた。リーは各地の紛争地を取材しながら「母国に警告するために」シャッターを切ってきた。おそらく、制作陣の気持ちも同じだろう。
一寸先に見える内戦では英雄など存在せず、ただ地獄が待ち受けているだけだという警告。だが本作が、数多くの国に分断と混乱をまき散らし、従属を強いてきた帝国の衰退へのブレーキとして機能するかは疑問符が付く。なぜなら、分断を克服するすべを提示できていないからだ。本作は多様な解釈ができるものだが、筆者は没落していく米国が抱える不安の表出であると感じた。現在各地で上映中。凄惨な描写が苦手な方にはおすすめできない。
(高晟州)