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〈朝大専門家の深読み経済13〉戦略的経理担当者の役割(下)/廉貴成

2024年09月20日 12:50 寄稿

2005年に発足した在日本朝鮮社会科学者協会(社協)朝鮮大学校支部・経済経営研究部会は、十数年にわたって定期的に研究会を開いています。本欄では、研究会メンバーが報告した内容を中心に、日本経済や世界経済をめぐる諸問題について分析します。今回は、管理会計を専攻する朝鮮大学校経営学部の廉貴成教授が、戦略的経理担当者の役割と求められるスキルについて(全2回)解説します。

前回、財務会計、税務会計に関しては自動化がすすめられる中で経営改善のための会計データ活用の必要性について述べた。

中小企業においては、会計の活用目的が主に税金を支払うための税務目的と資金調達などに必要な第三者への財務報告を目的とした財務会計に集約される。これにはいくつかの理由がある。

一つは、中小企業は財務基盤や人材が脆弱なため会計担当の専門家を会社に置くことができないという事情による。会計事務を行う事務員を置くことはできても、会計情報をもとに経営改善に役立つ資料を作成したり、予算の作成や実績との比較分析を行うことはできない。

もう一つは、会計情報を用いなくても規模が小さいため経営者の経営活動に関する情報収集が容易であるので、わざわざ資金と時間、労力を使って会計情報を分析するまでもないということである。

なので、中小企業では、税理士事務所や会計事務所に会計を任せて最低限、税金を支払うための資料や銀行に提出する資料を作成できればいいという考え方になるのである。

管理会計研究でも、企業規模が小さな間は経営者個人の能力によって組織は成長するが、企業規模が大きくなり個人的な能力の限界を超えると、管理会計など経営管理システムが重要になるという学説が伝統的な見解として支持されてきた。

しかし、近年の研究では、スタートアップ企業や小規模組織においても管理会計や会計情報を活用することによって従業員のモチベーションをあげたり、潜在的な成長力を実現させることができるという研究結果が発表されている。

「管理会計は財務業績を向上させるのか?」

そこで、中小企業を対象とした興味深い論文について紹介したいと思う。

管理会計能力が高い中小企業では高い財務業績をあげている。

2015年に澤邉紀生(京都大学大学院教授)、吉永茂(公認会計士・税理士)、市原勇一(京都大学大学院博士後期課程)が発表した「管理会計は財務業績を向上させるのか?―日本の中小企業における管理会計の経済的価値」という論文である。

この論文の特徴は、従来の研究では中小企業の財務データが公表されていないためアンケート調査や質問票が基本であったが、この論文では中小企業を顧客対象とする会計事務所や税理士事務所の協力を得て客観的な財務データを用いて研究していることである。

この論文では、9会計事務所から364社のデータを分析対象として研究がなされている。

経営者の主観的評価ではなく多くのクライアントを持つ会計専門家による客観的評価にもとづいて中小企業を評価し、財務データと紐づけることによって客観的な分析がなされている。

この論文では、管理会計能力が高い中小企業では、明らかに営業利益額、経常利益額、売上高営業利益率、総資産経常利益率で高い成績を示していることが証明されている。すなわち、「中小企業でも会計を経営目的で利用することには明確な経済的価値があることを示す結果」を得たのである。

確かに中小企業の経営資源は厳しい制約の中にあるが、管理会計システムに投資することには、それだけの経済的価値があるということである。

中小企業が導入するうえで重要なこと

それでは、経営資源の乏しい中小企業で管理会計システムを導入するうえで重要なことは何か。

第一に、経営者の意識を高めることである。

上記の論文では、経営者の情報に対する感度が高ければ高いほど売上高営業利益率、売上高経常利益率が高くなるという傾向が示されている。経営者がどのような目的意識を持って情報を収集し、また活用するのかによって経営活動に大きく影響することがわかる。経営者の経験や直感による判断が中小企業にとっては経営方針を左右するが、そこで客観的な統計やデータ、会計情報を活用できると、より多くの成果をあげられることを示している。

だからと言って大企業のような管理会計システムを中小企業において導入するのではなく、自社の課題に合った管理手法を選択することが大事である。

第二に、実際に管理会計システムを導入するには税理士や会計士、経営支援機関を活用するのが効果的である。

経営資源、人材において制約のある中小企業において経営管理をすべて自社で行うのは現実的ではないので、外部の経営支援を受けるのが最善だと思われる。

だからと言って支援機関に丸投げするのではなく、経営者が企業としての方向性や経営理念をしっかり持って、それを実現するためにはどのようなプロセスによって実現できるのかを支援機関にサポートしてもらうことが重要である。

「2024年版中小企業白書」でも、支援機関を活用している中小企業は、活用していない企業より2023年の年間売上見通しにおいて増加傾向が高いという統計結果を発表している。

「2024年版中小企業白書」では支援機関の課題についても指摘している。

支援機関が事業者に対して支援を行う際の課題として支援人員の不足(61.9%)、支援ノウハウ・知見の不足(56.6%)、支援に必要な予算の不足(28.8%)、実態・ニーズの把握不足(25.0%)などを挙げている。圧倒的に人員不足と指導ノウハウ不足が課題であることが読み取れる。

白書ではそれを補うための方策として、一つは相談員の支援能力向上のための取り組みを実施し、もう一つは他機関との連携を図っていると指摘している。

支援能力向上のために「研修」、「資格取得の奨励・支援」、「能力やスキルを重視した人事考課」などを行っているが、人手不足により相談員の業務負担が増加しているため、支援機関が単独で支援を行うことが困難になり支援機関同士で連携していく傾向が高まっているのである。

在日本朝鮮商工連合会36期定期総会(今年6月)でも、会員に対する経営サポートを強化していくことを課題として挙げている。

中小企業において会計情報を活用した経営改善が一定の経済的価値を生んでいることは明らかであるので、会員の状況に合わせて会計情報の活用方法についてサポートしていくことが重要であると思われる。

(朝鮮大学校経営学部教授)

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