〈関東大震災朝鮮人虐殺101年〉“声を上げ伝えていこう”/千葉
2024年09月07日 09:15 歴史1日、関東大震災101年朝鮮人犠牲者追悼式(主催=関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式千葉県実行委員会、主管=総聯千葉・西部支部、後援=日朝友好千葉県の会)が船橋市営馬込霊園内の同胞慰霊碑前で行われた。
千葉においては関東大震災時、官民一体の虐殺によって少なくとも351人の朝鮮人が虐殺された。またこの地域には、内務省警保局長が各地方長官宛に朝鮮人虐殺を煽るデマを発信した海軍無線電信所船橋送信所があった。
1947年3月1日、朝連千葉・船橋支部を中心とした地域同胞たちによって虐殺現場付近に建立された慰霊碑は、63年の工場建設に伴い現在地へ移転。その際、同胞たちが行った調査によって多数の朝鮮人の遺骨が発見された。推定100柱におよぶ遺骨は現在、碑の下で怨恨が晴れる日を待っている。
総聯千葉・西部支部では昨年、虐殺100年と関連して碑周辺の修繕、学習会やフィールドワークなどを企画。今年は映画上映会を通して市民たちに虐殺の史実を伝える取り組みに注力した。また新たに、碑までの階段に、高齢の参列者のための手すりを設けた。
約150人が参列した追悼式には、初めて県知事からの弔電が寄せられた。
西部支部の呉学成委員長は「様々な活動の成果としては、従来の追悼式に比べて新規の日本人参列者が多かったことだ」としながら、「その日本人の中にも朝鮮学校について詳しい人は少ない。101年前から地続きの差別のターゲットが朝鮮学校に向けられているということを広く周知させていきたい」と話す。
西部支部は、昨年の追悼式ではソヘグムの演奏、今年は郷ピリの演奏を取り入れた。呉委員長は「これからは、参列者が来てよかったと思えるような追悼式にし、多くの人々を呼びたい。そして、虐殺から100年以上経った日本社会は何が変わったのか問い続けていきたい」と語った。
参列者の声
かつて東京・横網町公園の追悼式典に参加してきた小塚類子さん(63)は引越しを機に千葉の追悼式に参列するようになった。小塚さんは