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【投稿】「洪永佑回顧展」に寄せて/高石典

2024年09月02日 17:04 文化

「市場」

東京都・練馬区立美術館区民ギャラリーにて「ホン・ヨンウ回顧展」が催された。洪永佑先生が亡くなられて5年目になる今年、ご遺族と有志との協力で実現した展覧会である。

数年前に洪先生の娘である洪誠玉さんから回顧展開催についての相談を受けた。生前の洪先生に公私とも、たいへんお世話になった私は迷うことなく開催に向けて惜しまぬ協力を約束した。先生の作品を一堂に会して鑑賞できる絶好の機会、亡き先生に再びお会いできると私はたいへん嬉しく思った。

今年に入り出品作品の選定、図録の作成、会場のレイアウト、広報活動など展覧会前の準備をスタッフたちで綿密に討議し計画的に進めて開催に至った。

今回の回顧展には洪永佑先生が朝鮮画で描いた「民俗画」17点と祖国での現場スケッチ3点、昔話の絵本原画8点と先生のお話と絵で作られた絵本シリーズ、絵本に登場する人物や動物の立体作品数点と1970、1980年代に製作された劇画本も展示され先生の画業を一望できるたいへん見応えのある展覧会となった。

連日、数多くの観客が会場を訪れたが24日の絵本の読み聞かせと作品解説、先生と親交のあった方たちのリレートークは200人を超す人たちで賑わった。

私は今回、作品解説を引き受けたのだが、先生の作品を何度もじっくりと鑑賞しながら感じたこと、気づいたことを整理し解説文を作成する過程で改めて先生の作品の素晴らしさを再発見することができた。

仮面戯、農楽戯、市場、キムジャン、端午節など、作品はどれもが朝鮮の風物、風俗を格調高い朝鮮画の画法で見事に描かれている。特に大作の「市場」には二百人以上の老若男女が描かれているが、どれも個性的で生き生きと描かれていて、まるで歴史ドラマの場面を観ているような感覚さえ覚えるのであった。

画面に余白を絶妙に配し中心主題を簡潔に描く手法、奥行きと広がり、動きを感じさせる俯瞰構図、人物や家屋、樹木の闊達な線描と力強い筆致、鮮明な色彩としっとりとした墨の濃淡と滲みなどが画面の中で見事に融合されていて先生の優れた技量を計り知ることができた。

祖国でのスケッチ作品もとても新鮮で先生のもう一つの作風を感じることができた。

先生の画法は昔話の絵本にも存分に生かされ読者の心をつかむ面白くも優しい語らいと話の世界に引き込むインパクトのある絵によって読後にも深い味わいと余韻を残す。

リレートークではみな先生の素晴らしい人柄について熱く語られた。ある同胞女性は、作品に描かれる群衆は気さくな一般庶民たちで特に女性をはじめ社会的弱者に対する温かい眼差しが感じられるとし、実際職場を共にしながら後輩や女性たちにあたたかく接する先生を懐かしんだ。先生の人間性を説く語りだった。

略歴の紹介にもあるように、先生は少年時代を朝鮮語を知らずに過ごし16歳で上京して初めて民族に目覚め朝鮮の文字、言葉を覚えたという。その先生が苦労と弛まぬ努力を重ね朝鮮語で昔話の絵本を作り上げ、民族的情緒漂う「民俗画」を創作されたことに参加者一同先生に対し敬意と賞賛の念を抱いたはずだ。

先生は80歳を目前にして急逝された。生前計画していた作品創作や絵本制作もあったという。今回の回顧展を通じて先生の志を受け継ぎ、守っていく決意を新たにしたたいへん有意義な期間であった。

(茨城初中高校長)

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