勇気と感動を与えた背番号「10」/宮城同胞らが梁勇基さんを激励
2024年08月02日 09:23 スポーツ昨年に現役を引退した元プロサッカー選手の梁勇基さんを慰労、激励する会(7月28日)は、同胞社会や宮城・仙台に多くの感動と勇気を与えてくれた梁さんへの感謝の気持ちと、次なるステップを応援する参加者たちのエールであふれた。
梁勇基さん(42)は大阪朝高(当時)を卒業後、阪南大学に進学。大学4年時の2004年にはテスト生としてベガルタ仙台に入団し、プロ契約を勝ち取った。地元・大阪から遠く離れた宮城でプロサッカー選手としてのキャリアをスタートし、昨年に現役を引退するまで、梁さんを実の息子のように思い、気にかけてきた宮城県商工会の李章好会長は「彼に初めて会ったとき、礼儀正しくて落ち着いた青年だという印象を受けたが、内なる闘志を感じて一気にファンになった」と、梁さんのルーキー時代を振り返る。
入団初年度から即戦力として起用され、精度の高いキック、冷静な判断力と卓越した攻撃センス、豊富な運動量を持ち味に、3年目の06年からはエースナンバーの「10番」を背負った。名実ともにチームの中心選手として認められた。試合時にサポーターどうしが肩を組み「リャーンヨーンギー、ゲットゴール、リャーンヨーンギー」と左右に飛び跳ねて歌う「リャンダンス」も生まれた。「リャンダンス」は、ベガルタの名物チャントとして、長らくサポーターに愛されてきた。
ブランメル仙台(ベガルタの前身)の元監督で、ベガルタの試合解説も務めた鈴木武一さんは「当時、ベガルタの強化部長から