〈朝大専門家の深読み経済9〉企業の目的「利益の先の何か」(下)/趙丹
2024年04月24日 09:13 寄稿
2005年に発足した在日本朝鮮社会科学者協会(社協)朝鮮大学校支部・経済経営研究部会は、十数年にわたって定期的に研究会を開いています。本欄では、研究会メンバーが報告した内容を中心に、日本経済や世界経済をめぐる諸問題について分析します。今回は、財務管理論、経営分析論を専攻する朝鮮大学校経営学部の趙丹教授が、コロナ禍によって企業の目的がどのように変貌しているかについて(全2回)解説します。
〜パンデミックで迫られた選択と決断から〜
パーパスと進歩的企業観
コロナをきっかけに、グローバル企業において、利益の先にある存在意義、いわゆる「パーパス」が注目されている。これは、「企業の目的は利益である」という企業の経済的側面のみに着目した伝統的企業観から、利益も大事だけど従業員や取引先、地域社会といったステークホルダーも大事、言い換えると、企業の社会的側面にも同等に着目する「進歩的」な企業観への転換と捉えることができる。
金日成主席は、1973年、在日朝鮮商工人代表団が祖国を訪問した際、同胞商工人たちは差別の逆境の中で企業活動を行っておりその生活体験から祖国や民族を大事にする「進歩的」な商工人である、と評価された。それから50年ほど経た今になって、強欲にふるまってきたグローバル企業の経営者たちは、パンデミックをはじめとした世界の危機や逆境を目の当たりにして、やっと、同胞社会と民族教育を支えてきた同胞商工人たちの進歩的な精神性に追いついてきたといっても過言ではない。
一方で、少し進歩的になり社会的なパーパスを掲げるようになったグローバル企業の経営からも私たちが学ぶ点がある。それは、かれらが、ビジネスとの両立や統合が上手な点である。本質論では「結局は利益のため」で終わってしまう論議も、実践論としてはこの両立や統合を目指していかねばならない。このことを理解するためには、パーパスと関連の深い「投資におけるESG」と「経営におけるCSV」という概念を掘り下げる必要がある。
投資におけるESG
グローバルな資本市場とビジネスの世界では、環境問題への対応(Environment)と企業の社会的責任(Social)、コーポレートガバナンス(Governance)の3つを関連付けてとらえるようになっている。アルファベットの頭文字をとって、「ESG」と呼ばれる。
歴史的にみると、EやSが本格的に議論され、企業経営においても実践されるようになったのは1970年代である。Eはスイスのシンクタンク、ローマクラブが地球環境の問題についてまとめたレポート「成長の限界」、Sは「企業の社会的責任は利益の追求である」とのミルトン・フリードマンの主張とその反論機運が、それぞれきっかけとなった。Gはというと、「ガバナンス」という単語をもって論じられるようになったのは1980年代であるが、議論している内容自体は「株式会社において株主(所有者)が経営者を方向付けするための秩序」、つまり「株主が経営者をいかにコントロールするか」という問題であり、株式会社制度が確立した1600年代からの数百年来のテーマといえる。
異なる歴史的経緯をもつEとSとGが統合されて、「ESG」として捉えられるようになったのは比較的最近のことであり、それも、企業経営からの要請ではなく、投資家側の資本市場の要請であった。2006年に国連が金融業界に対してESGを盛り込んだ責任投資原則を提案したことに端を発し、2008年のリーマンショックを経て、ヨーロッパとアメリカで急速に普及した。投資先企業を選定する際、従来からの財務情報だけでなく、環境問題や社会的課題への取り組みを中心とした非財務情報も重視して評価を行う「ESG投資」が、年金基金などの巨大機関投資家の間で拡大したのである。
ESG投資の運用資金残高は2018年に30兆ドルを超え、コロナ期に急拡大し35兆ドルとなった。これは世界の投資資金の約3割を占め、とりわけ、先行しているヨーロッパでは運用資金の半分はESG関連投資となった。
このように、年金基金などの巨大な機関投資家が投資基準としてESGを統合して考えるようになったのは非常に示唆的である。環境問題や社会的課題に取り組んでいる企業の方が、そうでない企業よりも投資対象としても魅力的であり、長期的なリターンを生むと信じられるようになったということである。コロナ期を経て、ESGは反動減や少し下火になっている側面はあるものの、ESG重視の投資はメガトレンドのひとつとみてよい。
経営におけるCSV
こうして機関投資家の投資基準がESG投資へと大きくシフトしたことに対応して、投資を受ける側の企業において経営にESGの視点を組み込んだ「ESG重視の経営」が主要なテーマとなって台頭した。ESG重視の経営はしばしば「CSV」(Creating Shared Value、共通価値の創造)として呼ばれている。CSVは企業の利益と社会の利益を両立させようというアイデアであるが、これをしっかり理解するには重要なポイントが4つある。
第1は、「CSR」(企業の社会的責任)ではないという点である。被災地への寄付や地域イベントへの協賛、地域のための催し物など、CSR活動はビジネスや利益とは直接関係のないところでの社会活動である場合が多かった。より積極的な活動、より本業と関わりのある活動、より利益と繋がるような社会活動がCSVである。
第2は、「Shareholder Value(株主価値)」だけではないという点である。「Shared Value」は文字通りシェアされた価値であり、これは株主の価値と社会の価値のシェアされた価値を意味する。それはつまり、株主価値だけでなく社会の価値も両立しようという考え方になる。
第3は、2008年のリーマンショックをきっかけに登場、普及した概念という点である。リーマンショックは米国におけるサブプライムローン問題に端を発した世界的な金融危機であったが、それを引き起こした原因は金融機関を中心とした強欲ととりわけ短期主義にあるとされる。各プレーヤーたちが己の利益のために近視眼的な行動をとったために資本主義は危機に陥った。CSVは企業の利益だけでなく、社会の進歩を両立させる方向を考えることで、視点を短期から長期に戻そうという意図がある。
第4は、長年にわたり競争戦略について研究してきたマイケル・ポーター教授が提唱した点である。彼の関心は他社に真似をされない持続的な競争優位がいかに確立されるかにあり、CSVによる企業の利益と社会の利益を両立は、他社が容易に模倣できない持続的競争優位の源泉になるという文脈でとらえるべきである。
たとえば、サントリー。2003年から始まった「天然水の森」活動はCSVの先駆的な取り組みといえる。熊本県の阿蘇や山梨県の南アルプス、京都府の天王山など日本各地21カ所の水源エリアで森を守るための活動を行っている。その内容は専門家による調査と研究から森の整備と植林、さらには草刈りや枝打ちまで、多岐にわたる。これはもちろん単なる環境保護活動ではない。森の健康を保つことで豊富な地下水を持続的にはぐくみ、それがサントリーの競争力の源泉となる。天王山と南アルプスの森はやがて「山崎」と「白州」になり、消費者の胃袋を経て、サントリーの利益となっている。ウイスキーで儲けるために森を守る活動から行おうとする企業はなかなかいないという点で、環境活動と利益の両立は、他が真似できない持続的競争優位の源泉となっている。
パーパス、ESG、CSVと私たち
さて、パーパスやESG、CSVはどれも、企業は利益追求を本質としながらも、地球環境や社会的課題といった大義も企業経営の最上位の位置づけとして追及、両立、統合すべきだという点を示唆してくれる。利益追求のためにいい顔をするようになったという本質的側面があることは否めない。ただ、良いことと儲けることを両立しないとヒトもカネも場合によってはお客さんも集まらない時代がきていることも確かである。
「汚く儲けたとしても綺麗に使う」。在日同胞商工人たちは良いことのために、どんな手段でもお金を儲ける営みを頑張ってきたと思う。今の世の中はそれが通じなくなりつつある。グローバル企業の経営者たちが崇高なパーパスを掲げ、CSVやESGを重視して社会や環境をビジネスと両立、統合させる姿を観察しながら、自社の分野で両立、統合できるものがないか、本気で考えて実践すべき時代が来ているのではないか。
(朝鮮大学校経営学部教授)