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祖国往来の自由剥奪の危険性/任京河

2013年04月02日 12:36 権利

危機にさらされる日本の人権

「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」

この言葉が今、日本で危険にさらされている。この言葉とは他でもない、日本国憲法の条文である。「何人も」とは、「いかなる人も」という意味であり、日本人だけでなく日本に居住する外国人も含めたすべての人のことを意味する。

「制裁」対象者の拡大

2月12日、安倍政権は、朝鮮の3回目の核実験実施に対する「独自制裁」を発動し、核実験と直接関係のない在日朝鮮人に「追加制裁」を科した。「北朝鮮を渡航先とした再入国は原則として認めない」措置の対象在日朝鮮人に、新たに5人を加え9人に拡大したのである。さらに、今後も「制裁」対象者の範囲を徐々に広げていく考えを明らかにしている。

朝鮮への報復として数名の在日朝鮮人を狙い撃ちにしたこのいわゆる「制裁措置」が、はたして、人々にどれだけ安心と安全をもたらすのだろうか。日本政府に応報を敢行するに耐えうる道義性があるのか。

「日本人には関係ないこと」「仕方がない」として、日本社会はことの危険性に気づいていないのではないだろうか。

「核問題」の理非曲直を問うことなく、「制裁」の根源となっている今の政権の偏狭で危険な考え方が、このまま日本社会に浸透してしまわないか憂慮せざるを得ない。

「制裁」は、憲法、国際法で認められている人権そのものを危うくするからである。

日本国憲法の人権原理

そもそも日本国憲法が規定するこの往来の「自由」を、国会を占める多数派の意見や政府の政策判断によって無暗に制限することは許されない。

確かに、いかなる国や政府も自国への人の往来をコントロールする権限、出入国管理権を有している。しかし、このことで国や政府に出入国管理に対するフリーハンドが与えられているわけではない。

先の条文は、すべての人に人であるが故に保障される権利として、外国への渡航や再入国の自由を規定するのであり、制約の根拠が厳格に問われなければならない。明白な危険が立証されて初めて制約が許される。時の政府と価値観や考えが違う人だからといって、ある種の疑いや恐れを根拠に恣意的に制限することは許されない。これこそが憲法の原理なのである。

日本の良識の警告

ここで想起される過去の事件が二つある。

一つは、海外渡航のため外務大臣に旅券申告したある日本人が、旅券法の発給制限規定に該当するとだけ記された一遍の通知書で、旅券発給拒否処分を受けたことに異議申立てと処分取消しを求めて提訴した1985年の事件である。

外務大臣は過激派集団との関係を疑い、発給拒否処分を出したのだが、最高裁は、「事実関係が具体的に示されていない」として処分の違法性を認めた。何ら具体的事実の立証なしに政府の予断で渡航の自由を制限することを許さない判断基準を示したのである。

今回の「制裁」も、何ら具体的事実が明らかにされていない一遍の通知書の送付で実施されており、違法と言わざるを得ない。

二つは、1968年、朝鮮の建国20周年記念行事に参加するため、再入国許可申請した在日朝鮮人が不許可処分を受け、処分取消しを求めて提訴した事件である。

法務大臣は、「国益にそわない」との理由で不許可処分にしたが、東京高裁は、「海外旅行に関して日本国民と同様な自由の保障を与えられている」という判断を示して処分取消しを認めたのである。

言うまでもなく、在日朝鮮人は、朝鮮に対する植民地支配の所産として日本での生活を余儀なくされた存在である。この点が着目され在日朝鮮人の再入国の自由は日本国民と同様に保障されること、具体的事実を明らかにせず政府の恣意的判断で制約することは許されないことが明確に示された。

日本の良識の府によって過去に健全な考えが示された事実とその意義が現在も生きていることの重要性を決して忘れてはならない。

再入国制限に国際非難

政府の政策判断のみならず国会の法律によっても、在日朝鮮人の往来の自由、とりわけ再入国の自由を制限してはならないとする考えは、国際社会からも確固として提示されている。

国際人権規約B規約は第12条4項で、「何人も、自国に戻る権利を恣意的に奪われない」と定め、在留外国人の再入国の自由を保障している。

ここに言う「自国」とは、国籍国を意味するのではなく永住する国も含むことを同規約委員会が明らかにしている。

同委員会は1998年、日本政府に対して、入管法によって、在日朝鮮人は再入国の権利を剥奪される可能性があると憂慮を示し、「日本で出生した韓国・朝鮮出身の人々のような永住者に関して、出国前に再入国の許可を得る必要性をその法律から除去することを強く要請する」と厳しく勧告した。

さらに、入管法上の再入国許可は、現在のような国際関係が発展した時代には合わない古い考えに基づいた制度であるとして、今世紀に入りEUからも厳しく批判されている。

EUは2005年から、日本との規制改革対話の場で、手数料を払って再入国許可申請を求める日本の入管法は余計な負担を強いるもので、「他のほとんどの国では見られない特異なものと考えるため、速やかに廃止されることを要求する」と厳しく迫っている。

昨年から、「みなし再入国許可」が導入されることとなった所以がここにある。

◇          ◇

 在日朝鮮人の再入国の自由は、多くの紆余曲折を経ながらも過去の植民地支配の反省を起点に基本的人権として日本社会と国際社会から承認され、国際人権の発展を背景に不可侵なものとして進展してきた。

「制裁」という報復目的による制限は、日本国憲法の基本的人権発展の歴史に逆行するもので決して許されるものではない。

「制裁」は平和と安全を危機にさらすことを世界の良識が警告している。朝鮮人への「制裁」は、日本の人権そして良識の危機である。

(朝鮮大学校教授)

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