民族教育の魅力を発信/第50回在日朝鮮学生美術展
2024年02月20日 14:22 文化 民族教育昨年9月から第50回在日朝鮮学生美術展の地方巡回展が各地で開催されている。
今回、4年ぶりに中央審査が再開された同展は1970年の初開催以来、ウリハッキョの美術教育の現在地とその魅力をストレートに示してきた。
出来事を率直に表現
多くの作品が出展される中、とりわけ注目されるのは学校生活や子どもたちを取り巻く日本社会、そして同胞コミュニティのあり様を、率直に表現した作品群だ。
例えば、第47回優秀賞に選出された「親友『テヒョン』」(中1作品)は題名そのままに作者が学友の「テヒョン」を描いた作品。崔誠圭教員(東京中高)は同作について「モデルと画家の関係は表現力のある作家ほど画面に表れてしまう」ものだが、作者自身の素朴な表現力そして二人の関係性によって、「この時、この年齢でしか記録することができない、ウリハッキョでの濃厚な時間が絵の中に込められている」(学美の世界2より抜粋引用)と評した。
第46回特別金賞を受賞した「降りそそぐ視線」(中3作品)は降りしきる雨の中、赤い傘を手にしたチマチョゴリの生徒の視線の先に無数の黒いハサミが降ってくる様子が描かれている。作中の黒いハサミはチマチョゴリと対比すると、在日朝鮮人への差別・暴力を容易に想起させる。文真希教員(横浜初級、川崎初級美術講師)はこの作品から「静寂した青い空間に立つチョゴリを纏う生徒の佇まいに滲み出ている気高さ。これを描くと決めた作者の正面から向き合う覚悟と芯の強さの表れ」(学美の世界14抜粋引用)を感じ取っていた。
一方、子どもたちを取り巻く状況にとどまらない時代を反映した作品群は、民族教育の意義と価値を伝えてくれる。
第47回優秀賞受賞作品「学校のために」(初6作品)を見てみよう。「ウリハッキョに通う生徒たちは、その成長過程に培った思考や葛藤、社会性と意志を身に付けていく。それは人格形成の礎となり、より深く追求していく様は制作過程に反映される」(学美の世界42より抜粋引用)と話す玄明淑教員(大阪中高)は権利獲得闘争を描いた同作について「民族教育の権利を訴え、平等な学びを求めてデモに出る。署名を集めマイクアピールするその姿は保護者であり、顔見知りの同胞や日本人支援者であり、生徒たち本人である」とし、「(高校無償化問題を)『自分事』としてストレートに表出した作品だ」と述べた。
日本市民から反響
これまでに紹介した児童・生徒たちの素直な表現が、同胞たちに限らず、日本市民の反響を呼んだ一例がある。
神奈川展では95年から川崎市の市立学校との交流展を始めた。そして、5回目の交流展からは作品交流とともに、教員同士の交流が研究会という形で行われるようになった。
中央審査委員を務めながら神奈川展を担当してきた南武初級の成明美教員は「子どもたちが学校生活での体験を素直に表現した作品たちは日本市民たちに民族教育の魅力をそのまま直観的に伝えてくれる」とし、民族教育に対する理解を広げる際にもっとも有効な手段だと意義を強調した。
このような取り組みによって神奈川をはじめ多くの地方展で親善の輪は広がった。実際に、山陰展は民族教育の魅力に感銘を受けた日本人有志によって開催されている(08年度~)。
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朝鮮大学校教育学部美術科の姜泰成教員は、児童・生徒たちにとって同展には重要な意義があるとしてこう続けた。
「作品が展示され、主張する立場に立つことで他にも主張があるということを知れる。また、それが環境によって差異があるとも知れる。そして、それをお互いに受け止められる力を育むことができる」
教員たちは「作品の完成度ではなく、子どもたちがどのような観点からどう表現したのか」を討論し、評価する。それは朝鮮学校の美術教育が「日本のような受験のための教育ではなく、創造性を育むための人間教育」だからだと姜さんはいう。
朴一南審査委員長は「引き続き美術教育の研究を深め、同展の実績に見合う理論を構築したい」と展望する。同展を「民族教育の宝」だと表現する朴委員長は「ゆくゆくは世界に誇れるような展示会にしていきたい」と意欲を語った。
中央審査委員が語る学美展の発展過程
1970年から始まった在日学生美術展が50回目の節目を迎えた。初開催当時は、中央展覧会という形で東京、東海、近畿などの各地を回り、朝鮮大学校でも展示された。その後、88年からは美術館などの公共施設でも開催された。これにより同胞たちに限らず、日本の市民たちからも好評を博すようになった。
朴一南中央審査委員長によると「80年代にかけて審査基準が描写力に重きを置く傾向があった。それに対し、さまざまな議論が起こった」という。描写力といったいわゆる技術ではなくいかに表現を試みたのかという作者の心へと審査基準がフォーカスされていくのは90年代後半からだった。朴委員長は、「阪神淡路大震災の経験をありのままに表現した作品群が注目を集め、それが魂を揺さぶるような美術」であったとし、従来の流れを変える一つの転機になったという。
95年の神奈川展を担当した中央審査委員の成明美教員(南武初級)も、被災地のみならず他地域においても、そうした作品が出展され、展示されたコーナーには多くの人だかりができたと振り返る。以来、関係者たちは、時代の流れと共に同展を子どもの表現力を伸ばす機会になりうるよう心血を注いだ。
朴委員長をはじめとする関係者たちは06年以降、改革を進めた。まず、審査基準を児童・生徒の等身大の表現を尊重し評価するようにし、絵画、工芸のジャンルを平面と立体に変更した。さらに旧名称にあった「中央」を取り、すべての展示会を「地方展」に統一した。
現在、同展において審査の核を成すのは、「心象リアリズム」という概念だ。「心象リアリズム」とは、外からの刺激に対する心の動きをリアルに表した表現を指す。
この概念は「入学式」(第43回優秀賞、初1作品)という作品をきっかけに朴委員長が提唱したもの。同作には、画面いっぱいに舞う大小の赤い紙吹雪の奥に、ドアからチラッと顔を覗かせる上級生が描かれている。一見、抽象的な表現に見えるが、期待に胸躍らせる新入生が花吹雪舞う会場を歩いた喜びを表しており、「子どもの心の動きや感情がストレートに迫ってくる生活感情から湧き出るようなリアリティー溢れる作品」だった。
この観点から、表現方法を理由に作者である児童・生徒を否定せず、その方法に至った作者の感性を推察する。故に審査の場では教員たちの討論が白熱するという。
(高晟州)