〈読書エッセー〉晴講雨読・歴史を伝える二冊のルポルタージュ/任正爀
2023年12月30日 08:00 寄稿文章を保管するうえで多くの人が使用するのはUSBメモリーやCDであるが、それらの寿命は数年から数十年といわれている。それに対し紙の媒体すなわち書籍は、数百年はもつ。そう考えると、50年や60年前の本はまだまだ「現役」である。今回はそんな二冊のルポルタージュを取り上げる。
原爆投下直後に外国人記者として最初に広島を訪れたのがW・G・バーチェットで、かれの記事が「ノーモア・ヒロシマ」という用語を生み出したことはよく知られているが、その5年後、かれは朝鮮にいて停戦協定の取材を北側から行っていた。
バーチェットはオーストラリアの出身でイギリスに渡って記者となった、当時ではいわゆる西側メディアの人間である。しかし、原爆取材時と同様に自身の信念に従い、真実を伝えようと奮闘していたのである。国連軍も協定の談判内容を記者らに発表するのだが虚偽が多く、かれらは朝鮮側の情報を知るバーチェットに事実確認を行ったという。国連軍にはオーストラリアも参加しており、いわば朝鮮側のスポークスマン的役割を果たしたバーチェットはオーストラリアの入国を禁じられる。
かれはその後、旧ソ連やベトナムを取材、そして1967年にふたたび朝鮮を訪れる。そのルポルタージュが1968年に紀伊国屋書店から翻訳出版された『ふたたび朝鮮で』である。
訳者による「あとがき」には次のようにある。
「ベトナム戦争を解決する会談の予備交渉というべきパリ会談が開かれている現在、この本で明らかにされている朝鮮停戦交渉の裏話には特別に興味ぶかいものがある。また、朝鮮戦争後の北朝鮮の建設状況その他については、一般にはほとんど報道されていないところから、この本は世界の“知られざる”国のルポルタージュとしても貴重な価値をもっていると思う」
ベトナム戦争の最中、バーチェットは朝鮮でも再び戦火に見舞われるのではないかと危惧し、停戦後の朝鮮の姿を見届けようとしたのである。その契機となったのは、1965年に日本の国会で自衛隊による朝鮮戦争を想定した軍事計画「三矢研究」が暴露されたことである。
『ふたたび朝鮮で』は全15節から構成されているが、内容は大きく三つに分かれる。
まずは歴史編といえるもので、朝鮮が解放されたにもかかわらず、米国とその追従勢力によっていかに北南が分断され朝鮮戦争に至ったのか、そして停戦協定はどのように進められ、その裏で米国は何を画策していたのかが詳しく書かれている。すぐ側で取材を行った人物によるあまり知られることない事実は貴重である。
次に現地報告といえるもので、朝鮮戦争以降1967年頃までの復興の実態である。「自主路線」による建設成果を強調しているが、トラクター工場や電気機関車工場の責任者たちへのインタビューはその代表的事例である。また、ビナロンの発明者である李升基博士との面談記録もある。
三つめは朝鮮の統一に向けての展望である。そこでは、北側の提案が具体的に紹介され、南側の対応と何が起こっていたかを詳しく書いている。残念ながら、それから50年以上も経ったが、北南関係は本質的に何も変わっていない。
『ふたたび朝鮮で』を購入したのはかなり前のことであるが、少し前に偶然に入手したのが1962年に岩波新書の一冊として出版されたバーチェット、A・バーディ共著による『宇宙船ボストーク』である。周知のようにボストーク1号は世界最初の有人人工衛星で、それに搭乗したガガーリンの「地球は青かった」という名言は誰もが知る。ボストーク1号の打ち上げは1961年で、この本はその直後に著者らが旧ソ連を訪れ宇宙開発の現場を取材した際のルポルタージュである。ここでもバーチェットは西側記者として初めてガガーリンへのインタビューを行っている。
本書ではプロローグとして無事生還したガガーリンの凱旋パレードの様子から始まるが、その熱狂的な歓迎ぶりはまさに宇宙開発時代の幕開けを告げるに相応しい。そして、ロケットの原理の探究からはじまり、実際にボストークを打ち上げるまでの過程、さらには今後の展望までが要領よくまとめられている。
小学生の頃、その名言に惹かれガガーリンの伝記を読んだ記憶があるが、その後、「宇宙論」に興味を持っても「宇宙開発」にはさほど関心がなかった。それが筆者にとって重要事項となったのは、1998年、朝鮮の人工地球衛星「光明星」1号の打ち上げである。それは「苦難の行軍」に終止符を打ち、今日の科学技術強国建設の実質的なスタートといえる一大快挙であった。宇宙開発に関心を持たざるを得ないが、液体燃料や超高温と極低温に耐えるボディの開発をはじめ、ガガーリンが第一号の宇宙飛行士になった理由やその訓練の詳細など、まさに宇宙開発創成期の物語といえる本書は面白かった。
余談だが、去年から科協会員たちが各地のウリハッキョに出向き課外授業を行っている。筆者の持ちネタは「アインシュタインの夢・科学における想像力」と「朝鮮の科学技術強国建設」で、後者の中心的話題がCNCと宇宙空間技術である。とくに、そこでは1967年に国連総会で採択された「宇宙条約」は「天体を含む宇宙空間の探査および利用は、すべての国の利益のために全人類が自由に行うことができる」と定めており、それは安保理決議では否定できない。敵対勢力が朝鮮の人工衛星打ち上げを事実上のミサイルと表現するのはそのためであると強調している。もっとも先月の「万里鏡1」号打ち上げに際しては、日本は常軌を逸しミサイル発射を連呼していたが。
さて、筆者の手元にある本は総聯中央の第1副議長であった李珍珪先生が所持されていたもので、その本が出版された頃は朝鮮大学校学長を務められていた。本には何カ所か線が引かれており、読書の跡がうかがえる。大学の責任的地位にあって学生たちをどのように育成すべきか、科学技術の未来を語る本を読みながら思索されたのだろう。
今年9月、金正恩総書記はロシアのボストーチヌイ宇宙発射場でプーチン大統領と会談したが、その時、朝鮮人宇宙飛行士の訓練が話題になったという。果たして朝鮮のガガーリンは誕生するのか、期待が膨らむ。
(朝大理工学部講師)