〈朝大専門家の深読み経済7〉米中経済対立の特徴と背景(下)/李俊植
2023年12月13日 09:04 寄稿2005年に発足した在日本朝鮮社会科学者協会(社協)朝鮮大学校支部・経済経営研究部会は、十数年にわたって定期的に研究会を開いています。本欄では、研究会メンバーが報告した内容を中心に、日本経済や世界経済をめぐる諸問題について分析します。今回は、世界経済論を専攻する朝鮮大学校政治経済学部副学部長の李俊植教授が、米中経済対立について解説します。
「改革開放」政策
中国が➀政治改革を進め、②市場化改革を行い、③既存の国際秩序の中で貢献を増していくとの「三つの期待」が「不信」にかわり、中国が強力な競争相手として米国を脅かすまでになった背景を整理する。
中国は米国の「関与」政策を自らの経済成長に大いに利用した。とくに78年12月の中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議(11期3中全会)では、経済建設を第一の任務とすることで「4つ(工業、農業、国防、科学技術)の近代化」実現を社会主義の方向として打ち出した。ここから「改革開放」政策が本格化した。
この成果的進行には西側先進諸国との関係改善が前提となっている。
92年1〜2月には鄧小平が深圳、上海などを視察し、改革開放をより大胆に推し進めるよう促した。いわゆる「南巡講話」だ。その内容は「社会主義の本質は生産力を開放し、生産力の発展、搾取の削減、両極分化を除去し、最終的には共に裕福になることである」と指摘しながら、生産力を発展させられるなら計画経済であろうと市場経済であろうと、それらは手段にすぎないとした。これは92年10月に開催された第14回党大会で「社会主義市場経済体制の樹立を改革開放の目標とする」と明確にしたことに繋がる。
「関与」政策と「改革開放」政策は見事に噛み合ったのだ。
「科学的発展観」と韜光養晦
その後、2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟した中国は驚異的な経済成長を遂げる。
成長するにつれ米国は益々中国への「関与」を深めていく。それは中国が成長とともに「三つの期待」も進んでいると判断したからだ。
03年の第16回党大会では「3つの代表」(※1)という思想を提起したのだが、これが導く具体的な変化は、企業家の入党をしやすくするというものだった。企業家が入党を目指すのは、ひとえに自分の企業活動に有利だと思うからだ。これにより社会に汚職や腐敗が蔓延し、超富裕層の出現など格差が拡大した。1980年代はじめは0.3未満だったジニ係数(※2)が2008年には0.491にまで達した。「改革開放」政策は経済成長をもたらす一方で、汚職や腐敗、格差を蔓延させた。
このような変化の中で07年の第17回党大会では「科学的発展観」を打ち出した。それは高度経済成長を追求するあまり、さまざまな問題が顕在化したことへの反省として「以人為本(人間を第一とする)」を強調したのだ。
折しも翌年08年にはリーマンショックが起き、資本主義の問題点が世界的に深刻なかたちで噴出した。資本主義的な方法をただの手段に過ぎないと無警戒に推し進める危険を中国が十分に理解したといえる。ここがターニングポイントとなり12年の第18回党大会で習近平体制確立後その動きが本格化する。「虎もハエもたたく」(※3)がその最たるものだ。
一方、米国を脅かす存在にはならないという「慢心」は、中国の韜光養晦という対外姿勢と関係して、ある程度維持された。一般的に「韜光養晦、有所作為」と続けて使われるのだが、「能力を隠して力を蓄え、力に応じ少しばかりのことをする」という意味だ。ひとえに国際社会で目立たないようにする姿勢だと解釈できる。しかし、08年の北京五輪を前後して中国の力は国際社会で頭角を現してくる。10年には名目GDPで日本を抜き世界2位になる。
08年を前後して米国の対中「関与」政策継続の要件が変化しつつあると見て取れるのだ。
中国夢と米中「新型大国関係」
習近平体制では中国夢が提示された。中国夢は「中華民族の偉大なる復興」と「一帯一路」の二つの要素からなる。前者は小康社会(ややゆとりのある社会)の完成につづき、社会主義現代化国家を完成させ国家の富強、民族の振興、人民の幸せを実現させるというものだ。
具体的には「2つの100年」「中国製造2025」(※4)というロードマップ を提示した。
後者は対外的な側面なのだが、13年には「一帯一路」と共にアジアインフラ投資銀行(AIIB)も提唱され具体的に進展している。これはアジア、欧州、アフリカを対象に新世界秩序を構築することを意味する。つまり中国は韜光養晦の段階から自らの存在を世界にアピールするばかりか積極的に新しい秩序を構築する段階に移ったのだ。
このような変化を感知したオバマ政権はいくつかの対応をしている。
10年には米国参加のもと環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉が始まった。11年には安全保障戦略で「アジアへのリバランス」と呼ばれるアジア太平洋地域重視の方向を打ち出した。
米国の対中戦略の決定的な転換点は、13年に習近平国家主席が訪米し、米中「新型大国関係」を提起したことだ。習主席は「中米両国は世界の安定を保つ『バラスト(重り)』、世界平和を促すブースターとなる」としながら大国同士の役割について語った。もはや中国は米国と肩を並べる競争相手として台頭してきたのだ。
このような過程を経て、18年にトランプ政権が対中強硬政策を実施し今日まで米中経済対立は続いている。
デカップリングは不可能
米国の対中強硬政策ではファーウェイなど中国が優位なハイテク分野を中心に中国経済のデカップリング(分断)を推進しようとした。しかし、これは全く成功していない。グローバルバリューチェーン(GVC) の確立した現代の世界で、中国を全く除外することは不可能だ。米国の対中貿易を見ても米中貿易戦争が勃発した直後の19年と20年こそ影響があったが21年からは回復し22年には過去最高水準を突破している。
また米国が22年8月に成立させたインフレ抑制法(IRA)に伴い電気自動車部門での中国の影響力を排除する姿勢が明確であるにもかかわらず、テスラは今年の4月に中国上海に大型蓄電装置「メガパック」の工場を新設すると発表した。そればかりかつい最近(23年11月末)北京で開幕された「第1回中国国際サプライチェーン促進博覧会」にテスラやアップルに加え、アマゾン、インテル、クアルコム、HPなどの米国トップ企業が多数出展している。米国企業でさえ中国とデカップリングする気がないのだ。これは、中国の世界経済での存在感を物語っている。
今や中国は世界で経済以外の面でもその存在感を増している。サウジアラビアとイランの関係正常化を仲介したのはそれを物語っている。経済だろうと政治・安全保障だろうと米国の思惑通りにいかない世界が拓かれているのを実感せずにはいられない。
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米中経済対立が3つの次元すべてで対立しているのは、米中関係が米国の「関与」政策とそれを最大限に利用し経済成長を果たした中国との間で築かれたものだったからだといえる。また米中経済対立が米国に経済的不利益をもたらすにもかかわらず米国主導で行われるのは、競争相手中国の台頭のみならずそれがもたらす世界の地殻変動への強い拒否反応の反映だからだ。つまり米中経済対立は単なる貿易不均衡という次元の問題ではなく世界の在り方、具体的には米国一極支配の終焉と関連する問題なのだ。よってこの対立は長期化、尖鋭化するしかない。
(朝鮮大学校政治経済学部副学部長、教授)
(※1)中国共産党は①中国の先進的な社会生産力の発展の要求、②中国の先進的文化の前進の方向、③中国の最も広範な人民の根本的利益を代表すべきとする思想。
(※2)ジニ係数とは、イタリアの統計学者コラド・ジニにより考案された所得格差を示す指標。係数の値は0から1の間をとり、係数が0に近づくほど所得格差が小さく、1に近づくほど所得格差が拡大していることを示す。経験的にジニ係数が0.4を超えると所得格差が大きいとみなされる。
(※3)党内の汚職根絶について掲げたスローガン。幹部クラスの高級官僚も、末端クラスの下級官僚も地位を問わず厳格に徹底的に処分していくという方針を示したもの。
(※4)「2つの100年」とは、中国共産党建党100年(2021年)と中華人民共和国創建100年(2049年)を指し、建党100年までに小康社会を、建国100年までに製造強国トップになるというロードマップだ。製造強国への過程で25年には製造強国の仲間入りを、35年には製造強国の中等レベルに到達することを目指している。すでに21年に小康社会を全面的に完成したと宣言した。
経済豆知識/インフレ抑制法(Inflation Reduction Act:IRA)
2022年8月16日米国で成立した、過度なインフレ(物価の上昇)を抑制すると同時に、エネルギー安全保障や気候変動対策を迅速に進めることを目的とした法律。予算3690億ドル(約54兆円)にのぼる過去最大規模の気候変動対策に関する法律として注目されている。とくにこの法律と関連して米国でEV(電気自動車)新車購入時に適用されていた「税額控除」の要件が変更され、「メイドインアメリカ条項」と呼ばれる要件が追加された。これはこの分野での中国の影響力を排除するためであると言われている。
(朝鮮新報)