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〈読書エッセー〉晴講雨読・在日朝鮮知識人の生きざまを綴った二冊/任正爀

2023年09月27日 08:30 寄稿

今年は朝鮮民主主義人民共和国創建75周年の記念すべき年である。それを祝賀して9月6日、東京北区の北とぴあでは音楽舞踊総合公演「われらの国旗」が上演された。ベテランから子どもたちまで文字通り老壮青400人による公演は圧巻であったが、なかでも強く印象に残ったのは、金剛山歌劇団・洪嶺月名誉団長の独唱である。実はこの夏、名誉団長と鷹の台駅で偶然お会いし、朝大と歌劇団に向かうロマンス通りを歩きながら、いろんな話をお聞きした。まず、公演に参加されるのかと尋ねると、声が出る限りは舞台に立つつもりと答えられた。そこで70代後半になられたのではとお聞きすると、笑いながら88よと話されたのだが、これには正直驚いた。

当日の曲目は「祖国を歌う」で、歌い始めはやはり年を取られたのかという思いが一瞬よぎったのだが、なんのなんの88歳にしてその後の伸びやかな歌声と声量は驚異的といってもいい。ちなみに、この歌は在日同胞芸術人がはじめて朝鮮で公演を行った時に、金日成主席の前で披露された歌で、ご本人にも強い思い入れがある。東京芸大声楽科を出られて、朝鮮の隆盛発展とともに、今も芸術分野の第一線に立たれるその姿には頭が下がった。

同様に激動の時代を生き、在日同胞社会のために献身・奮闘された人たちは数知れない。今回はそんな二人の知識人の著書を紹介したい。

『戦争と植民地の時代を生きて』

まずは、2010年に岩波書店から出版された白宗元『在日一世が語る・戦争と植民地の時代を生きて』である。著者は「複雑多難な時代を経てきた一人の生き残った者の証言」と語っているが、本の表紙には次のような紹介文がある。

「朝鮮北部鴨緑江の畔、義州で生まれたが、家族とともに瀋陽郊外に移り住み、張作霖爆殺事件の爆音や満州事変の砲声を聞いた流浪の地・満州での少年時代。旧制四高に入学して、忘れ得ぬ出会いと別れがあった戦時下の金沢での青春時代。戦争末期、治安維持法違反容疑で憲兵隊に拘束され、祖国解放の日を迎えた京都での学生時代。そして在日の子供たちの民族教育に情熱を傾けた戦後直後の疾風怒涛の時代。貴重な歴史的証言を交えて、近代の朝鮮と日本の関係を生きいきと描き出す。」

ビナロンの発明者・李升基博士との交流をはじめ、その経験から驚きのエピソードがあり過ぎるが、強いて一つ紹介するならば、朝鮮王朝最後の王となった純宗の皇太子・李垠、方子夫妻と京都五山の一つ萬壽寺の柳宗黙禅師との対話の場に同席したことで、次のように語っている。

「『韓日併合』によって、朝鮮が亡国の運命に転落していく時代の現場に居合わせ、歴史の渦の中にまきこまれていった悲劇の王族と零落した両班で今は禅僧になっている二人の朝鮮人。そして数奇な運命をたどる元皇族の日本人女性を目の前にしながら、私は生々しい朝鮮の現代史を感じました。」

著者は『暖菴柳宗黙禅師』という本も上梓しているが、その他『検証朝鮮戦争』『語り継ぐ在日の歴史』をはじめ多数の著書があり、社会科学者としても広く知られている。白宗元先生とは拙著『現代朝鮮の科学者たち』の書評を書いてくださったことが縁で親しく接していただいているが、本当に光栄なことである。

『有機化学とともに』

もう一冊は2011年に刊行された申在均『有機化学とともに―愚直な在日朝鮮人化学者の回想―』である。著者は

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