短編小説「鉄の歴史」1/ビョン・ヒィグン
2022年12月21日 09:00 短編小説戦争の砲火がやんでまだ3、4日ほどしかたっていない、ある早朝のことだった。
3年におよんだ戦禍によってひどく破壊された製鉄所は、まだ、深い朝もやにつつまれていた。れんがのかけらや、さびついた鉄片があちらこちらに散らばっている構内は、不気味な静寂につつまれていた。
屋根がとばされ、壁のくずれ落ちた解炭炉職場へ通ずる道に、一つの人影が朝もやにかすんで見えた。色あせた灰色の作業服に白い作業帽を深ぶかとかぶり、こけたほほを霜のおりたひげでかくしているその男は、50の坂をこえて見えた。
草むらをかきわけてきたらしく、作業靴とズボンのすそが朝露にぬれていた。
男は心もち腰をまげ、何かさがしものでもしているように、地面を見まわしながらゆっくりと足をはこんでいた。地面から、にょきっと頭をつきだしているネジを見つけると、その場にしゃがみこみ指先でそれをつまみあげ、土をはらい落としては肩の背のうの中に入れ、そしてまた歩きはじめるのだった。かれはパク・ウンチルといい、この製鉄所では年季の入った築炉工だった。
やがて鉄材職場の前まできたウンチルは、くずれかかった壁のかげに腰をおろし、新聞紙でむぞうさにまいたタバコをうまそうに吸いはじめた。
このとき、だしぬけに壁がくずれ落ち、雑草におおわれた向こうの建物の中から、ばたばたと、とびだしてくる影があった。
ウンチルは一瞬、ぎょっとした。鹿だった。鹿は足をばたつかせて、あっという間に、朝もやの中へ姿を消してしまった。
「人さわがせなやつだ」
ウンチルは顔をしかめて、ひとりごちると、ひょうし抜けしたように製鉄所の構内を見わたした。
大同江のあたりからなまぐさい水のにおいをはこんで、川風がそよそよと吹いてくる。製鉄所の構内にたちこめていた朝もやが、寝起きのわるい子どもがむずかるように、のろのろとウォルボン山に向かっておし流されて行く。朝もやのベールがはがされるにつれ、製鉄所がうけた戦争の傷あとが、一つ、また一つとあらわになって行く。
巨体が二つに裂けまっ赤にさびついて息絶えた溶鉱炉、あめん棒のようによじれからみついた鉄骨をぶざまにさらけだした平炉や圧延職場の焼跡、ぐにゃぐにゃにひんまがって頭を地面につっこんだ大小さまざまのガス管、くずれ落ちた壁、あとかたもなくなった煙突――。
この痛ましい光景を見て、ウンチルの目は怒りにもえ、ヤンキー侵略者にたいする憎しみが溶銑のようにたぎりたった。
――殺してもあきたらないやつらめ!――
ウンチルは歯ぎしりした。突然かれの脳裏に、苛烈をきわめた戦争の月日がよみがえった。
敵機の猛爆のもとで、溶鉱炉と平炉、機械などのまわりに防弾壁をつみあげて鉄をとかし、鋼板をつくりあげたこと、大きな機械を山中に疎開させ、大切な附属品だけをかつぎ、うしろ髪ひかれる思いで製鉄所から後退したこと、地面を掘って小さな溶鉱炉をすえつけて鉄をとかし、軍需品を生産して前線へ送ったことなど、追憶はつぎからつぎへとよみがえってきた…。
こうした多くの追憶のうちでも、とくに胸えぐられるのは、20年もの間あらゆる困難にもめげずともに働いてきた同僚のビョンドをうしなったことだった。
(つづく)
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