〈本の紹介〉孫崎享著「戦後史の正体 1945-2012」を読む
2012年12月07日 15:55 文化・歴史戦後最大のタブー「米国の圧力」を解く
現在、話題になっている本である。刊行から2カ月で七刷を数えている。本書は、長年外交の現場にいた筆者が、「体験した事実をもと」に、これまでタブーであった「米国の圧力」を軸に日本の戦後史を読み解いたものである。「高校生でも読めるように」とのリクエストに答えて書かれただけにあって大変読みやすい。
本書の内容
本書は、戦後の日本外交を動かしてきた最大の原動力は、米国から加えられる圧力と、それに対する自主路線と追随路線のせめぎ合いであり、この二つの外交路線の相克が日本の戦後史全体の骨格になっていたと強調する。
このような観点から1945年から現在までの戦後史を年代順に七つの章を立てて描き、歴代首相たちを対米追随派・自主派・一部抵抗派と分類している。長期政権となった首相は、いずれも対米追随派に属しており、自主派は短命政権に終わっている。90年代以降になると積極的な自主派はほとんどいない。
筆者は、占領期以降、日本社会の中に自主派を引きずり降ろし、対米追随派にすげかえるためのシステムが埋め込まれているとする。一つは検察権力である。なかでも特捜部はしばしば政治家を起訴してきた。次に経済界である。とくに経済同友会は親米路線をとる若手経営者のグループである。さらには大手マスコミや官僚・大学など官学の中にも、「米国と特別な関係をもつ人びと」が育成されている。
筆者は、あとがきの中で、以下のようなポイントを強調している。①米国の対日政策は、あくまで米国の利益のためにある。日本の利益と常に一致しているわけではない。②米国の対日政策は、米国の環境によって大きく変わる。占領期の懲罰的政策は、冷戦開始に伴い共産主義に対する防波堤にするための優遇政策に変わる。さらに90年代以降、対日政策は再び大きく変化し、自衛隊は米軍の傭兵と化した。③米国の圧力が大きかろうと、日本の譲れない国益は主張するべきである。カナダのビアソン首相のように、米国に容易に屈しない、毅然とした外交を行うべきである。
さまざまな評価
本書は刊行後、大きな反響を呼んでいる。「薄々そうであろうと感じていたことが、実例の引用付きで、裏打ちされている。やっぱりそうだったのか、と納得することばかり」「読むと、日本人の、戦後に関する常識が、完全に覆される」「戦後政治史の相貌を大きく変える一書」「軍事力によらない日本の安全保障のあり方を提示している」などの声がツイッターに載せられている。
一方、本書に批判的な評価もある。その最大のものは岸・佐藤が自主派で、三木が対米追随派であるとすることであろう。日本国憲法を尺度にすると、改憲派は現憲法を米国押し付け憲法と主張するが、集団的自衛権も認めて改憲せよと迫っている米国に歩調を合わせているのだから、護憲派の方が自主派となる。つまり三木が自主派で、岸などが対米追従派なのだという。
本書に対する評価がどうであれ、解せないことはこれほどのベストセラーとなっている本書が概して大手のメディアからは完全に無視されていることである。唯一、ある大手新聞の書評で取り上げられたこともあったが、「謀略史観」という評価に対して多くの読者からの抗議を受けて訂正記事を書くという有様であった。
なぜ本書が読まれているのか。原発以降、人々は権威の論を信じず、米国に操作されている日本に疑義を持ってきたところにこの本が出てきたのである。その意味でこの本は衝撃を持って迎えられたのであろう。多くの在日朝鮮人の場合は、自らの体験を通して、日本政治の対米追随的性格をはっきり認識していた。占領期に在日米軍は、反共政策の一環として在日朝鮮人を武力弾圧し、講和会議以降は日本の法律や行政通達を通じて弾圧してきた。「やっと日本でもこのような本が出てきた」というのが率直な感想であろうと思う。
本書では、「北朝鮮」問題や領土問題について直接触れていないが、他の著書を通じて知ることができる。米国の対北政策は一貫せず、米国に追随する敵地攻撃論・ミサイル防衛論は無力である。日本の行うべき政策は「北朝鮮の生存を脅かさないこと」であり、「できるだけ早期に北朝鮮と国交を結び、経済的結びつきを強め」、相互依存関係を深めることであると指摘している。尖閣・竹島・北方領土などの領土紛争は、米国が日本と相手国との間にくい込ませた楔であって、その解決のためには相手側の主張を知ることが先決であって、そのうえでカイロ宣言、ポツダム宣言など国際的取り決めの枠組みの中で平和的解決のための具体策を提示している。
要望
本書の理解をいっそう深めるために以下の点を提起したい。第一に、筆者は日米関係を軸にして戦後日本外交を考察した事情もあろうと思うが、日本の外交における朝鮮問題の相関性がよくわからない点である。明治以来の日本の対外関係の根底には朝鮮問題が常に重要な位置を占めていたというのが評者の見立てである(詳細については拙著『朝鮮の歴史から「民族」を考える』第三章「近現代日本の対外関係の基底」を参照)。歴史的に見て、明治から現在に至る日本の近代国家としての成長は朝鮮に対する侵略と表裏一体の関係にあった。そしてその実行に際しては英米の支持を受けていた。
第二に、日本の戦争責任・植民地責任問題に立ち入っていないことである。第二次世界大戦後、日米はカイロ・ポツダム両宣言を履行せず、東京裁判・サンフランシスコ講和条約によって日本の戦争責任・植民地支配責任をあいまいにしてきた。現在に至っても日本がアジア諸国民の信頼を得ていないのはその問題に淵源する。過去清算を果たすことは、日本外交の最大の課題であると思う。
第三に、対米自主派・対米追随派という限定的な枠組みへの強引な資料解釈が目立つことである。そのため岸・佐藤などを自主派と断言することに違和感を覚えざるを得ない。憲法解釈、過去清算問題など多様なファクターを考慮したならば、違った評価がなされるかもしれない。ともあれ本書は、戦後最大のタブーに挑んだ勇気ある書物である。ぜひ一読をすすめたい。
(康成銀 朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長)