〈本の紹介〉漫画「草 日本軍『慰安婦』のリビング・ヒストリー」/金・ジェンドリ・錦淑
2020年03月10日 10:59 歴史日本軍性奴隷制被害者の半生描く
本書「草」は日本軍性奴隷制被害者である李玉善さん(91)を主人公に描いた長編のグラフィックノベル作品だ。植民地下で、名前と尊厳を奪われた日本軍性奴隷制被害者のリビング・ヒストリーを圧倒的な画力で描く。480ページの大著。
主人公の李さんは14歳だった1942年、蔚山で買い物に出た際、2人の男に連れ去られた。中国・延吉の日本軍駐屯地に送られた後、市内の慰安所に身を移された。日本の敗戦後も李さんは長い間中国にとどまっていたが、2000年に南朝鮮に帰郷。日本軍性奴隷制被害者らが共同で生活する広州市の「ナヌムの家」で暮らした。
作者の金・ジェンドリ・錦淑さんは、筆のタッチを生かしたモノクロの描写で、李さんの人生を描く。
声高に日本の戦争責任を追及するのではない。貧しい家庭に生まれた娘たちが、日本の引き起こした戦争の犠牲となり、基本的人権を奪われ、尊厳を踏みにじられた歴史を、過去の問題ではない、現代に続く人類普遍の問題として社会に問いかける。
本書には作者の金さんも登場する。「自らの作品のために悪夢を語らせてよいのか」。作品をめぐる葛藤を感じながらも、「ナヌムの家」を訪れ、李さんの部屋の小さなベッドに腰かけ、向かい合う。ときおり冗談も交えながら、紡がれる李さんの半生。「元々彼女は明るくて愉快な人だったろうと私は思った。私が会った玉善は幾重にも重なった傷を持ちながら、生に対する強い意志と人間に対する配慮と深い愛がある」。
作者の目線は、現代を生きる読者の目線だ。本書を通じて、李さんの話に耳を傾け、共感する過程で、語られがちな「被害者」ではない、一人の女性としての「李玉善」に出会えるはずだ。
巻末には、本書をより深く理解するため、日本軍性奴隷制研究の第一人者である吉見義明教授をはじめとする識者の解説が収録されている。
(宥)