〈長生炭鉱水没事故〉国策で起きた人災、日本政府は責任を/「当事者」不在の犠牲者追悼集会
2026年02月08日 08:12 歴史 社会
太平洋戦争中の1942年2月3日、山口県宇部市の海底炭鉱「長生炭鉱」で発生した水没事故から84年を迎え、犠牲者を追悼する集会が7日に行われた。犠牲者追悼碑のある床波の「追悼ひろば」で行われた集会(主催=「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」(以下、刻む会))には、刻む会の井上洋子共同代表、韓国遺族会の楊玄会長など関係者と遺族、日本の国会議員や山口県、宇部市の各担当職員など来賓たち約800人が参加した。
強烈寒波の影響で、雨風が段々と強まる中、開会が宣言された。
集会では、はじめに、長生炭鉱の坑道内で作業中だった朝鮮人136人をはじめとする183人の犠牲者を追悼し、参加者たちが黙とうを捧げた。

つづいて主催者を代表し、井上洋子共同代表があいさつした。
井上共同代表は、一昨年9月に坑道への入り口を開けてから、昨年8月に初めて遺骨が収容される、これまでの過程に言及しながら、「日本が、植民地支配という形で取り返しのつかない犠牲を朝鮮半島の人々に強いてから 80余年の歳月が流れたが、癒しきれない被害者たちの心の傷は残されたままで、その象徴が長生炭鉱犠牲者の遺骨であり、遺族たちの存在だ」と改めて強調。国をあげての遺骨収容および補償を忌避する日本政府に対し、「人道主義の立場から、遺骨に真摯に向きあってほしい」と訴えた。そして「遺骨の尊厳を回復し返還することが、待ったなしの時代の要請であり、ここにこそ朝鮮半島と日本の真の和解と確かな未来が生まれると信じる」として、「歴史の生き証人」である遺骨を遺族のもとへ届けるために寄与していくとした。
刻む会が、「日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会」の調査資料を基にまとめた犠牲者名簿によれば、犠牲者たちは、強制連行により慶尚道、忠清道、平安道など朝鮮半島の各地からやってきて長生炭鉱での労働に従事した。追悼集会には、そのうちの韓国および日本在住の遺族たちが参加した。

遺族会の楊玄会長は、「私たちは、日帝強占期という残酷な時代の中で強制動員され、海底炭鉱である長生炭鉱において酷使され、水没事故によって犠牲となった方々の御霊を慰めるため、この場に集った」として、183人の犠牲者たちに哀悼と追慕の思いを捧げた。
また「(長生炭鉱での)犠牲は、必ず記憶されなければならない歴史的真実」だとして、亡くなったことさえ確認の取れていない犠牲者たちが「これ以上忘れられた存在ではなく、歴史の中に堂々と刻まれるその日まで、遺族会は歩みを止めることはありません」と話した。そのうえで楊会長は、日本政府による対応を念頭に、「真相糾明と公式の謝罪、しっかりとした責任が果たされるそのときまで、遺族たちは声を上げ続ける」と訴えた。
「犠牲者一人ひとりは、誰かの父であり、誰かの息子であり、かけがえのない家族でした。その犠牲は単なる過去の悲劇ではなく、今を生きる私たちに、人権と尊厳、そして未来志向の平和の価値を問いかける、歴史的教訓です」(楊会長)

総聯山口県本部委員長名義の追悼の辞を代読した、刻む会の運営委員で、山口県朝鮮人強制連行真相調査団の金静媛事務局長は、朝鮮北部の出身者5人を含む炭鉱犠牲者たちに追悼の意を表したうえで、朝鮮人(朝鮮北部出身者5人)をはじめとする183人の犠牲者を深く追悼すると述べたうえで、昨年以降の進展として、朝鮮北部在住の遺族の存在が初めて明らかになったことなどをあげた。そのうえで、日本政府が政治的、倫理的責任を果たすことが急務だとしながら、これからも「刻む会」と遺族、そして在日同胞が心と力を合わせ、問題を解決できるよう尽力するとした。

この日の追悼集会には、社会民主党のラサール石井参議院議員、元参議院議員の高良鉄美さんなどが参列した一方で、日本政府からは、参席はおろか、追悼のメッセージも寄せられなかった。事故の責任をとるべき「当事者」不在の状況が、司会より報告されると、場内にはあきれ返る声があちこちで漏れた。追悼の場を共にしない日本政府の対応が、いかにパフォーマンスでしかないのかを思い知るような時が流れた。
閉会前には、犠牲者の名前が一人ひとり読み上げられ、遺族たちによる犠牲者の祭祀(チェサ)が行われた。
台湾出身のダイバーが死亡

5日、会見に臨んだダイバーたち。右から2番目がウェイ・スーさん
一方で、7日午前にあった遺骨収容のための潜水中に、台湾出身のダイバー、ウェイ・スーさん(57)が意識不明となり、同日中に死亡が確認された。
この日は、ウェイ・スーさんら3人の海外ダイバーが潜水。3人共に長生炭鉱への潜水は初めてだった。
当初から携わってきたダイバーの伊佐治佳孝さんは事故後、自身のSNSで、ウェイ・スーさんが、ピーヤ内を海底方面へと下降し、坑道内に入る接続部で「高酸素によるけいれん」を起こしたと報告。潜水開始直後のことだった。その後、伊左治さんは「連絡を受けて現場に駆けつけ、CPRを施したが意識は戻らなかった」という。
ウェイ・スーさんは、意識不明の重体で救急要請がなされ、午後0時20分頃に救急車が現地へ到着した。救急隊はボートでピーヤへと向かい、午後1時20分過ぎに救急車で搬送されたが、14時50分頃、刻む会が、ウェイ・スーさんが亡くなったことを伝えた。
事故は、この日の追悼集会中に発生し、午後の関連行事は中止に。刻む会は、11日まで予定された遺骨収容のための潜水調査の中止も発表した。これと関連して8日午前に会見が予定される。
(文・韓賢珠、写真・盧琴順)
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