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〈長生炭鉱水没事故〉声なき被害者“人の形のまま横たわっていた”/坑道内で遺骨を収容【詳報】

2026年02月07日 09:27 歴史 社会

今から84年前の1942年、山口県宇部市の長生炭鉱で水没事故が発生し、坑道で作業していた朝鮮人労働者136人をはじめとする183人が犠牲となった。昨年8月には、炭鉱跡から労働者の遺骨とみられる人骨が見つかり、遺骨収容に向けた調査が本格化している。そうした中、6日午前に行われた潜水調査で、新たに頭蓋骨や歯、首の骨とみられるものが発見された。

この日は午前10時半頃から、ダイバーが順に浜辺を出発。ダイバーたちは昨年の遺骨収容地点を目指し、約300メートル沖のピーヤ(排気筒跡)から坑道内(旧坑道)へと入った。旧坑道から本坑道へとつながる通路を進み、その突き当り、本坑道側に曲がってすぐの地点で「人のままの形で横たわっている一体の骨を見つけた」(伊左治佳孝さん)。当初、持ち帰るとしていた頭蓋骨をはじめ、歯と首の骨などを収容。調査開始から約5時間後の午後3時過ぎ、調査日程に合わせて訪日した韓国遺族会など遺族らが待つ浜辺へ戻ってきた。

今回の遺骨収容地点は、昨年8月に遺骨を確認した水深43m。潜水したダイバーの伊左治佳孝さんによれば、目標地点にたどり着くまでの道の視界は悪く、とともに潜水したアウディタ・ハルソノさん(インドネシア出身)も「まったく何も見えない暗闇の中を探りながら進んだ」と話すほど。前回25分でたどり着いたが今回は約1時間かかって到着したという。

しかし同地点に到達すると、視界は良好だった。今回収容したのは1人分の遺骨。「人間の身体のままの状態で、手袋や靴など衣類を着ていることが明らかにわかる形で残っていた」。遺骨を発見し、収容した伊左治さんは「頭蓋骨を持ちあげることで、(本来の)形を崩してしまうようで躊躇する部分があった」としながらも、まずはDNA鑑定で重要となる頭蓋骨を持ちかえること優先し、一部の収容に至ったと話した。前日の会見までに同氏は、収容地点に「4体の遺体と300以上の人骨」があることを潜水チームに共有したうえで、「いま見つかっている遺骨を収容することが最大の目標」であるとのべていた。

潜水を終えて、伊左治さんは「遺族などこの日を待っていた方々に見せることができてとてもよかった」と安堵しながら、明日からもやれることを積み重ねていくとした。

フィンランド出身のベテランダイバーであるミッコ・パーシさんも「プロジェクトに参加できて光栄だ。予定どおり遺族たちに遺骨を届けるというミッションを達成できて何よりもうれしく思う」と話した。一方、この日の潜水調査では、水中での映像と写真撮影も実施された。

遺族ら、“遺骨収容は日本政府がやるべき”

多くの報道陣に囲まれるなか、浜辺でダイバーたちを出迎えた遺族たちは、初めて遺骨と対面した。手をすり合わせながら「アイゴー」と叫び、収容された遺骨に話しかける遺族、言葉にならない感情のままじっと遺骨を見つめる遺族など、現場ではたくさんの感情が交差していた。

遺族会会長の楊玄さんは「今日は来て早々、嬉しい知らせを聞けて心から感謝している」とダイバーたちへ謝意を伝えながらも、報道陣に今の心境を聞かれ、「悲しいです。自分の意思に反して強制的に連れていかれ亡くなった人たちだ。いま遺骨が目の前にあるにもかかわらず、それを思うと辛く悔しくて直視できない。故郷に返してあげることが人間としての道理だ」と言葉を詰まらせた。

また、楊会長は「84年ものあいだ、息が詰まるような痛みを抱えてきたが日本政府は一度たりとも手伝ってもくれなかった」と前置きをしながら、「政府も企業も責任を取らないというなら、私たちは誰に訴えればいいんですか。私たち遺族はずっと胸にしこりがある。(日本政府は)市民団体がやるには限界があることはわかっているはずで、それを黙ってみているのは道理ではない。遺族の願いは日本政府が遺骨収容に取り組むこと」だと強く訴えた。

一方、これまでの調査を進めるのは地元の市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」。遺骨収容に向けた潜水調査は、2024年9月に「刻む会」が主導し坑道の入口を開いて以降、継続して行われてきた。

日本政府が相も変わらず、遺骨収容への消極的な姿勢で一貫する中、今回は、これまで潜水を担ってきたダイバーの伊左治佳孝さんをはじめ、フィンランドやタイ、台湾など海外ダイバーたちもボランティアで参加。明日行われる水没事故84周年犠牲者追悼集会に合わせて、遺族たちのもとに遺骨を返す一心で、今回のプロジェクトに臨んでいる。

刻む会の井上洋子代表は、ダイバーたちを迎えながら、「待っていた遺骨を運んでいただき、その遺骨と遺族の方々が今日巡り会えた。本当にありがとうございます」と話した。

市民らの力で進んだ収容、その後は