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岐阜初中便り⑦4人と会う日が待ち遠しい

2026年01月01日 09:39 民族教育

私の今の楽しみは、朝鮮新報で子どもたちの笑顔を探すことだ。

2026年平壌での迎春公演に参加する、クラスの4人全員を名古屋駅で見送ったのが12月初め。その時は「ホッとした気持ち」で、当分「安心」して自分のことに集中できるかな、だった。

しかし日が経つにつれ、何とも言えぬ寂しさを感じるのだった。

(ああ、やっと教員らしくなったかな?)と自己満足に浸っている自分がいる。そして今年4月からの8カ月間を振り返ると、失敗の連続だったことの反省と、それでも実りのある期間だったと思う満足感。

生徒を見ながら喜びや悲しみ、怒りや驚きなど感情が常に動き、常に自分の中で葛藤する日々だった。

受け持った初級部6年生とともに(左端が筆者)

私は22年間東京で暮らし、初級部1年から大学まで朝鮮学校に通った。その間、素晴しい恩師たちに出会い、たくさんのことを学んだ。自信のなさと不安から絶対に教員にはなるまいと決めていた。が、自分をここまで育ててくれたウリハッキョを取り巻く環境がいっそう厳しくなる中で、なんとしてもハッキョを守り、在日同胞社会を守りたいという一心で大学在学時に教員になることを志した。

赴任した場所は岐阜初中。受け持った学年は6年で生徒は4人。

右も左もわからぬ土地で、初めての一人暮らしから始まった私の教員生活は一筋縄ではいかぬ難しい仕事ばかり。常に教員としてふるまい、子どもたちのために考え行動する。最初は新鮮で、楽しくもあった。

受け持った6年生4人は、力に満ち溢れながらも時に踏み外し、時に暴走する子どもたちだった。

何時間もかけて準備した授業。興味を示したと思ったら子どもらは教員の説明そっちのけで私談を始め止まらなくなり、私はため息をつくしかなかった。興味も持てず楽しくないと感じたら、聞いているのか聞いていないのか、静まり返る子どもたちだった。授業手腕の未熟さを子どもたちが判断しているようだった。

とくに思春期真っただ中の女子には、授業時間も含め一度も目を合わせてもらえず、話もできず一日を終えた日もあった。1週間のうちの4日はケンカや誰かが泣き出し、その対応に追われる学級だった。そんな子どもたちを見ながら怒るべきか、やさしく勇気づけるべきか、話を聞くべきか、悩み葛藤する日々だった。

そんな中で思い出すのは、私が学生時代のこと。恩師たちはどんなに愚かなことをしても、最後まで向き合い、話を聞き、時には厳しく、時にはやさしく接してくれた。民族教育の中でたくさんの愛をもらい育ったからこそ今の自分がある。そんな恩師たちのようになりたい、子どもたちを育てたいという思いでこの8カ月間真剣に向き合ってきた。

今4人は、祖国の愛情を一身に受け色々なことを学び楽しみながら健やかに育っていると思う。今は祖国で成長した4人と会う日が待ち遠しくてならない。そして祖国で過ごした喜びを共有するのが何よりも楽しみだ。卒業まであと3カ月。自分がそうしてもらったように、最後まで子どもたちと向き合い、できることを精一杯したいと思う。

(教員・許恭旭)

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