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<ものがたりの中の女性たち96>少女たちのものがたりー貴蓬、玉蓮、春鏡、一枝

2025年12月14日 08:00 文化・歴史

あらすじ

鄭進士傳 表紙 筆者本

忠清道槐山(クェサン)に住む鄭(チョン)進士には、容姿や声までそっくりな貴(クゥィ)蓬(ボン)、昌麟(チャンリン)という双子の姉弟がいた。近所には朴(パク)公の娘春(チュン)鏡(ギョン)と崔(チェ)公の娘玉(オク)蓮(リョン)が住んでおり、双子と幼馴染である。ある日三人は、両親が留守にしている朴春鏡の家で集まる約束をする。ところが当日夢見が悪かった双子の姉貴蓬は、行くのをやめる。すると美しい春鏡と玉蓮の噂を聞いていた双子の弟昌麟は、好奇心に勝てず一計を案じる。両親でさえ見分けがつかないよく似たふたり、昌麟は女装をして朴春鏡の家に向かう。三人でおしゃべりをしたり、ふざけたりしているうち夜が明け、ちょっとしたことで男であることがばれてしまう。事態を知った朴公と崔公は相談の上、鄭家に縁談を申し込む。一方、金光(キムグァン)哲(チョル)という美男子のいとこがいる朴春鏡は、意趣返しに彼を女装させ貴蓬の家に行かせ、それがきっかけで彼らも婚約することになる。鄭昌麟、金光哲両公子は科挙に及第し、それぞれの婚約者と結婚、息子と娘を授かる。

鄭昌麟は順調に出世し、地方公務の際危機を救ってくれた妓生一枝(イルチ)を側室に迎え息子が生まれる。ところが一枝はふたりの夫人に嫉妬し、判書になった昌麟が清に使臣として赴任すると、すぐに次乭(チャドル)という男と情を通じ、彼と共謀し崔夫人(玉蓮)を陥れ、義父鄭公によって彼女を追い出すように仕向ける。また、鳳乭(ポンドル)というやくざを使い、朴氏夫人(春鏡)を拉致させようとし、その息子も殺害する。危機を察知した朴氏夫人は身を隠し、闇に紛れて一枝自身が鳳乭に拉致されてしまい、気が合ったふたりはそのまま同居し酒場を営むが、その暴力に耐えかね行商人と情を通じ一緒に逃げるが見つかり、行商人は鳳乭に殺害される。一枝と鳳乭は投獄、不思議な尼僧がくれた薬によって、殺害された朴氏夫人の息子は生き返り、清国から帰国した昌麟によって一枝は追放、寺に避難した朴、崔氏両夫人と子どもたちも無事帰宅する。

鄭進士傳 巻二 筆者本

槐山鄭進士傳

「槐山鄭進士(クェサンチョンジンサ)傳」は作者未詳の国文古典小説であり、12回に章を分けた構成をとる章回小説である。複数の筆写本と活字本があり、異本に別名「鄭道令(チョンドリョン)傳」が存在する。忠清道槐山を舞台に、少年が女装し幼馴染の娘の家に一泊、男だと発覚するまでの顛末をロマコメ風に描き、後半部は男の側室による嫉妬と陰謀、殺人と逃避行、発覚と処刑など暗く陰鬱なサスペンスに転じた後、様々な事件が荒唐無稽なファンタジーによって解決される面白い作品である。

鄭昌麟、女装しふたりの娘に近づく

三人の「小姐」イメージ

親がいぬ間に朴家に集まり、楽しくガールズトークに興じようとしていた朴春鏡と崔玉蓮は、現れた鄭貴蓬がまさか弟の昌麟だとは夢にも思わない。それほど双子は似ていると作品は描写する。

昌麟は双子の姉貴蓬が行かないと聞き、心の中でほくそ笑む。彼らは皆同い年で、作中「졍쇼져의 방년이 이팔」とあり、数えで16歳なので15歳であろう。「朴小姐と崔小姐は絶世の美少女だという噂。姉貴蓬は頻繁に幼馴染の彼女らに会うが、男女有別の教えのもと一度も相まみえることのないこの悔しさ。今夜またとないこの機会、何としても朴家に行き両小姐の姿を見物しよう」と、昌麟は心に決める。「姉の服を身にまとい、おしろいを塗り、口紅を差し、椿油で髪を結い、絶妙に着飾った姿を鏡に映してみると、自分でも姉にそっくりとうっとりする」。昌麟は、しおらしく「春鏡の家に行って来ます」と言うと、母親や小間使いさえ気付かない。まんまと部屋に入り込んだ彼は、縫物やおしゃべりに花を咲かせるふたりに気分が悪いと嘘をつき、あわや母屋の朴家の夫人の寝室に寝かされそうになるがなんとか断り、彼女らふたりに膝枕をさせたり、足を揉ませたりとやりたい放題。詩を詠んで比べ合いましょうと言うふたりに、調子に乗った彼は男性が女性に贈る恋の詩をうっかり詠んでばれてしまう。評判の才能に美少年だった昌麟に、ふたりの少女はまんざらではない。昌麟のしたことが明るみに出ると、朴家と崔家では不快感を露わにするが、すでに娘たちは鄭昌麟と一晩を「共にしている」という事実の前で、婚約せざるを得ない。科挙に首席合格した昌麟は、国王に報告の際ふたりの妻を娶ることを願い出る。

王は言う。

「婚姻は縁によるもの。昌麟は科挙に首席合格しすでに出仕している身、両人を妻に娶ることを許可する。これより朴氏を左夫人、崔氏を右夫人とする」

さすがにふたりを正夫人にすることは難しく、作者が王の力を借り整合性を持たせようとした描写だろうか。

一枝という女

一枝 イメージ

もと妓生一枝は、欲望のためなら我が子も殺害する残忍な人物として描かれる。産まれたばかりの我が子の胸の上に大きな石を置き殺害し、直後朴氏夫人の息子も手拭いで絞殺、それを崔氏夫人の仕業にしようとする。ところが朴氏は崔氏を疑ったりせず、義母(昌麟の母)も、ふたりの嫁を産まれた時からよく知っているのでその信頼は揺るがない。たまたまその時通りかかった托鉢の尼僧によって、朴氏の息子は生き返る。帰宅した愚かな義父鄭進士(昌麟の父)は、一枝の諫言を信じ崔氏を追い出してしまう。

しかし義母は、必ず疑いは晴れるので寺に身を隠すよう助言する。

まだまだあきらめない一枝は、朴氏夫人を拉致するよう鳳乭というやくざに命じ、朴氏夫人の生き返った息子を乞食に殺害するよう命じる。ところが一枝は、暗闇の中で取り違えられ自分が拉致され、乞食は息子を老僧に売ってしまう。

悪行の限りを尽くす一枝は、しかしその悪だくみがなかなか成功しない。拉致された末に鳳乭と住み始め、酒場を営むが暴力に苦しみ、行商人と逃げようとするが失敗し、行商人は鳳乭に殺害される。

作品は、一枝の転落のスパイラルを、ジェットコースターのような展開で表現する。善良だが、我が子が殺されても運命だとあきらめてしまう朴氏夫人や、とんでもない濡れ衣を着せられても愚かな義父の命令に従おうとする崔氏夫人と、どんな「困難」があっても自身の欲望や主張をあきらめない一枝との対比が鮮明である。

古典の家庭小説の肯定的な人物として描かれる女性たちは、朴氏や崔氏のように現実味のない儒教的な「賢婦人」として描かれがちなので、一枝のような儒教的な道徳を無視する強烈な「悪女」は、かえって印象深かったりする。

(朴珣愛、朝鮮古典文学・伝統文化研究者)

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