〈ものがたりの中の女性たち88〉「夢で李華が脅迫するんです」―貴人に化けた朝鮮の金狐
2025年04月07日 08:00 文化・歴史あらすじ
壬辰倭乱の際、明の将軍である李如松と李如柏兄弟が、援軍を率い朝鮮にきたが、不幸にも李如柏は戦死する。
一方、乱が終結した後、全羅道礪山(リョサン)では度々怪異が起こり、廢邑の危機に瀕することになる。ちょうどその時、李(リ)華(ファ)という将軍が、誰も行きたがらない礪山府使に名乗りを上げる。すでに新任の府使30人が、任官したとたんに亡くなっている。李華将軍が赴任した夜、なかなか眠れず府内を歩いていると、得体の知れない何か黒いモノが蓮池から這い出て、衙(ア)前(ジョン)の家に入るのを目撃する。
ついて行くと「それ」は、「如柏よ、戸を開けよ」と言う。すると戸がひとりでに開き、中から少女の悲鳴が聞こえる。翌日、家の前に落とし穴を掘ると、少女を呪っていた鼈(すっぽん)の化け物が落ちて死ぬ。その家に置いてある大きな錠前に向かって、李華が「如柏よ」と呼ぶと、その錠前が返事をする。なぜ新任の府使がことごとく死ぬのかと聞いてみると、裏庭の銀杏の木に数千歳の狐が雌雄で住みつき、府使を噛み殺し、その血を啜るのだと答える。
不吉だと官吏と村人全員が邪魔をするが、李華がその銀杏を切り倒すと、樹から血が噴き出し、金色の狐が2体現れ、1体は白髪の老人に変身し叫び声をあげながらこと切れ、もう1体は少女に姿を変え逃げてしまう。如柏に李華がこれからどうなるのかと聞くと、私は逃げるが、公は3年後に明で命を落とすだろうと予言する。
少女に姿を変え生き延びた妖狐は、李華に恨みを抱き、明に渡ると皇帝の寵姫になり替わり、皇帝を操り、李華を捕えさせる。如柏の力を借り予め懐に鷹を忍ばせていた彼は、貴人に化けた妖狐の目玉を啄ませ退治し成功、危機を脱することになる。皇帝から官職を与えられた李華は帰国し、如柏の魂を慰めるために祠堂を建て、彼のために祭祀を行ってやる。
第八十八話 李華傳

「李華傳」 筆写本
「李華傳」は作者、年代未詳の中編小説であり、朝鮮と中国を舞台に、壬辰倭乱以降の荒廃した国政を背景に、妖鬼との戦いを描いている伝奇小説であり英雄小説でもある。数多くある他の英雄小説とは違い、主人公李華は幼少期に苦労をしたり、道士に師事し道術を学んだり、紆余曲折を経て英雄になるというようなことがない珍しい作品である。全羅道に怪異が起こると自ら進んで赴任、鬼神の力を借りて事件を調査、解決に導く過程が興味深い。国文筆写本と、数種の異本がある。
鼈の妖怪に祟られる衙前の娘
衙前とは朝鮮王朝時代、中央や地方の官庁に属し、行政実務を担当した中人階級の下級官吏である。李華将軍が