〈朝大専門家の深読み経済14〉社会主義としてみる中国経済(上)/張景瑞
2024年12月19日 09:38 寄稿2005年に発足した在日本朝鮮社会科学者協会(社協)朝鮮大学校支部・経済経営研究部会は、十数年にわたって定期的に研究会を開いています。本欄では、研究会メンバーが報告した内容を中心に、日本経済や世界経済をめぐる諸問題について分析します。今回は、中国経済論を専攻する朝鮮大学校研究員の張景瑞さんが、中国経済について(全2回)解説します。
1978年に「改革開放政策」が発表されて半世紀が経とうとしている。この間、中国経済は「社会主義市場経済」の建設という目標を掲げ、計画経済から市場経済へ、自力更生から対外開放への制度改革に取り組み続けてきた。そして、多くの課題を乗り越えつつ、また新たな課題に直面しながらも、中国経済は目を見張る経済成長を遂げてきた。本稿では㊤社会主義としての中国経済とその展望、㊦「中国式イノベーション」の特徴および展望について整理する。
もはや「資本主義」とみなされる
その「社会主義市場経済」という呼び名にもかかわらず、こんにち中国経済が社会主義経済とみなされることは日本や西側諸国ではほとんどない。むしろ中国経済が資本主義であることを前提として、それがどのような特徴を持つ資本主義なのか、という議論が支配的である。代表的なものを2つ紹介しよう。
まず、中国を「国家資本主義」とみなす議論がある。米国の政治学者、イアン・ブレマー氏によると、国家資本主義とは「政府が経済に主導的な役割を果たし、主として政治上の便益を得るために市場を活用する仕組み」であると説く。かれは、国家的に重要な支柱産業・戦略的産業において国有企業の役割が強化されていることや、民間企業に比べて国有企業が優遇されているということを、中国が国家資本主義である論拠として挙げている。
一方で、民間企業の活力に中国経済の本質を見出す議論として「大衆資本主義」論がある。丸川知雄・東京大学教授によると、大衆資本主義とは「家柄や資産に恵まれた特殊な人たちだけが資本家になれるのではなく、なにも資本を持たない普通の大衆でも才覚と努力と運によって資本家にのし上がっていく」中国経済の状況を指すとし、事業での成功を夢みる多くの人々の存在が経済成長の大きな原動力になっていると指摘する。国家の役割は先進資本主義国より強いものの、民間企業の成長により次第に縮小を余儀なくされていると論じている。
これら代表的な2つの中国「資本主義」論は、「国家」と「市場・民間」という一見すると互いに対立して相容れないような特徴をそれぞれ指摘するものとなっている。これについて梶谷懐・神戸大学教授は、この2つの側面は決して簡単に切り離せるものではなく、これらが表裏一体の関係にあることを指摘している。すなわち、「国家」によるルールづくりに対して「民間」は抜け穴をみつけ出し、反対に「民間」の成長・拡大が「国家」の退場と同時にその権力や特権の拡大にも結びつくこともあるような両者の相互作用が、西側諸国にとっては非常にわかりづらい中国型「資本主義」のダイナミズムの源泉にあるという。
「資本主義」的経済成長の限界に直面
以上のように、もはや日本や西側諸国で中国の「社会主義市場経済」は「資本主義」とみなされている。
この中国の「社会主義市場経済」は、1992年10月の第14回党大会で経済建設の目標として定められたものであり、大会報告では「社会主義市場経済体制を確立することは、市場が国家のマクロコントロールのもとで資源配分において基本的な役割を果たすことを可能にするものである」と規定している。言い換えれば、「社会主義市場経済」とは社会主義を掲げる国家・政府がコントロールする市場経済であるといえる。公有制(国有制)がいまでも主体的な位置にあることを除き、経済システムを構成する制度的枠組みに限れば、これは資本主義諸国の市場経済とほとんど同じであるといっても過言ではないだろう。
市場経済化が進展した2000年代以降に中国経済が直面している諸問題(深刻な格差、若者を中心とした失業問題、少子化など)は、一般的に資本主義諸国において広くみられる問題であり、中国ではその膨大な人口規模によってこれらの問題がさらに急速に、より深刻なものとして現れている。
とりわけ所得格差が深刻な問題となっている。国家統計局によると、ジニ係数(0.4を超えると不平等度が高いとされる)は2008年に0.491に達し、その後は下降したものの2020年でも依然として0.468という高い水準にある。
所得格差の推移(【図表1】参照)をみると、世界銀行データでは格差縮小傾向がみられ、国家統計局データでも全体では横ばいとなっている。しかし、2023年を切り抜いてみると(【図表2】参照)、所得水準の最上層20%が所得全体の40〜45%以上を占めており、格差そのものが非常に大きいことが確認できる。
これまでおよそ30年間の「社会主義市場経済」確立に向けた道のりは、「市場経済」に傾倒した段階から「社会主義」を重視する段階へと差し掛かっているといえよう。
社会主義的な特色が見られるかも
1980年代以降に先進資本主義諸国が採用した市場化、自由化、規制緩和を軸とする新自由主義政策は、中間層の解体と格差の拡大をもたらした。したがって、すでに大きな格差が生じている中国経済に対する処方箋にはなりえない。終わりの見えない経済停滞の要因となった1990年代の日本におけるバブル崩壊とそれに対する対処も同様である。
中国の社会主義市場経済は、それが社会主義であれ資本主義であれ、ほとんど前例のない道のりへと踏み出すことになる。これが中国経済の先行きに対する不透明さ、高い不確実性を生み出す原因だろう。
だからこそ、今後の中国経済の展望を見通すうえでは、中国経済を社会主義としてみる視点がより重要になると考えられる。
2035年に社会主義現代化を基本的に達成し、2049年に「社会主義現代化強国」を建設するという「社会主義現代化国家」建設路線を提示した2017年の第19回党大会では、経済建設における第一目標が、改革開放以来掲げられていた「生産力の向上」から、新たに「社会的な厚生の改善」へと改められている。
実際に、2010年代には農村の貧困人口の解消に積極的に取り組んでおり、すでに2020年に国内基準では貧困人口ゼロを達成した。国内基準より若干高い国際基準も1〜2年以内には達成すると見込まれる。また、農村の都市化を推進する「新型都市化」政策や、対内的には内陸地方振興策となっている「一帯一路」の推進など、社会主義国として社会経済を着実に発展させつつある。
沿海地域の都市群を中心に市場経済の力をいかんなく発揮しながら経済成長を追求してきたこれまでとは違う、社会主義市場経済の社会主義的な特色が、今後ようやく見られるのだろうか。内外に多くの課題を抱えていてその前途は多難であり、必ずしも見通しは明るいとはいえない。それでも、資本主義としてではなく、社会主義として中国経済をみれば、一味違った視点から社会主義中国の未来像を見出せるかもしれない。
(朝鮮大学校研究員)