〈まるわかり! 法律で知る朝鮮12〉海外同胞権益擁護法に見る朝鮮の実像/李泰一
2024年08月05日 09:06 寄稿わが国家第一主義時代の海外公民
■はじめに
本連載も今回をもって最終回となる。社会の発展とともに新しい法律が制定されていくので、今後とも朝鮮の法律については関心を寄せていきたいが、最終回となる本稿では、私たち在日朝鮮人にとって非常に身近な法律である海外同胞権益擁護法(2022年2月7日、最高人民会議第14期第6回会議において採択)をテーマに朝鮮の実像に迫ってみたい。
世界には多くの主権国家が存在し、各々の国家が自身の海外同胞に対する政策を、大抵は法律として制定しているが、朝鮮の海外同胞権益擁護法は、他国のそれと比べても非常に破格的な内容を備えている。より詳細にいうと、朝鮮独自の海外同胞思想と政策に基づいて制定された法律であるが故に、いわゆる国益中心の海外同胞支援法としてではなく、海外同胞自身の自主性を徹底的に擁護する方向で法律が構成されているのが特徴だ。したがって、本法の制定背景やその内容を知ることは、私たち在日朝鮮人、とりわけ新世代の祖国観を構築し、祖国との関係を在日朝鮮人自身が主体的に捉えていくうえで非常に意義があると思われる。本稿では、そのような問題意識のもと、本法の制定背景及び特徴的な内容などを概説する。
■法制定の背景と意図
朝鮮が本法を制定した意図は、一言で、「わが国家第一主義時代の到来に応じた海外同胞政策への転換の宣布」であるといえる。要するに、偉大な祖国の歴史を海外同胞たちとともに一緒に切り開いていこうという、朝鮮が海外同胞たちに送る熱いメッセージである。法律は、権利義務関係の表現である。したがって権利を行使するためには義務を果たさなければならない。そのことは本法の第1条に明確に規定されている。朝鮮の海外同胞としての義務とは、愛国・愛族・愛民の思想をもって団結すること、その義務を果たすことによって朝鮮の海外同胞は、自主的権利を朝鮮政府から法的に担保されるのだ。まさに、海外同胞たちに向けて朝鮮が自尊と繁栄の時代に突入したことを告げる自信に満ちた立法だ。
本法制定の直接的契機は、21年の党第8回大会における党規約改正と言えるが、本質的契機は、朝鮮建国以来の海外同胞政策、とりわけ総聯と在日同胞に対する朝鮮政府の政策が法化されたものと言える。海外同胞の対象を規定した2条や、海外同胞が享受しうる諸権利を規定した2章~4章、総聯の地位を規定した47条など、本法が朝鮮政府の一連の総聯重視政策の法化であることは一目瞭然だ。長年にわたる総聯組織や民族教育に対する特別措置、同胞商工人に対する優待措置の内容などが本法の条文に反映されている。
以上、本法は、金正恩時代、朝鮮政府の海外同胞政策の立法化である。本法は、海外同胞の権益擁護義務を朝鮮政府に法的に課するものであり、仮に朝鮮がその義務を怠った場合、朝鮮の国内法に基づいて該当する国家機関等が罰せられる。このような意味で、本法制定は、社会主義法治国家建設の一連の流れとして考えるならば、金正恩総書記の海外同胞政策の目玉であり、何よりも、わが国家第一主義時代の到来を主導した朝鮮政府の自信の表れであるといえる。
■法制定による在日同胞のメリット
では、本法制定による在日同胞たちのメリットを二点、整理してみよう。
第一に、海外同胞である在日同胞たちが、居住国日本において当たり前に保障されるべき基本的人権を享有すべき基底的権利を、朝鮮政府によって法的に担保されるという点だ。
朝鮮人民の代表機関である最高人民会議において制定された本法によって、海外同胞の自主権、生存権、発展権は、徹底的に擁護されている。海外同胞に対するいかなる権利侵害も、朝鮮の主権侵害として絶対に許さない、侵害を行った国家に対しては、即対抗措置を取るというのが本法の内容だ。
この規定は、実際、日本政府が長年実施している在日同胞たちへの差別政策に対するけん制と抑止という意味で、本法制定の意義は計り知れない。
第二に、本法の積極的活用によって、在日同胞たちの生活向上の可能性が広がるという点だ。
紙面の関係上、多くは紹介できないが、民族教育の卒業証書を本国と同等のものとみなす27条や、朝鮮に投資する総聯商工人に対する優待措置を規定した39条など、破格的な権利付与をうたう条文が多数存在する。在日同胞たちへの恵沢的措置といっても過言ではない内容だ。
また、海外同胞の定義も、国籍を基本に排他的に規定されておらず、歴史的経緯、文脈的理解に基づいて規定されており、まさに、広汎的な海外同胞の定義となっている。そのような意味で、本法の積極的活用の選択肢は、多くの海外同胞たちに与えられている。
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以上、海外同胞権益擁護法の制定背景及び特徴的内容について概説した。本法を在日同胞たちが活用するうえで一番重要なことは何であろうか。それは、朝鮮の海外同胞の中でも在日同胞たちが、金正恩時代においてもそのリーダー的ポディションを占めることができるかどうかだと、率直に思う。その地位を占めるためには、いわゆる思考転換が必要であろう。日本に居住するわれわれ在日同胞たちにとって、わが国家第一主義時代の到来を宣布した朝鮮の自信を肌で感じ取るのは難しいかもしれないが、在日同胞1世がそうであったように、強い主体性を持って祖国との関係を構築していこうとする想いが、本法の意義を高めるはずだ。わが国家第一主義時代を生きる海外公民としての矜持が本法を活かしていく決定的な鍵であるといえよう。
(朝鮮大学校政治経済学部学部長、教授、連載おわり)