公式アカウント

〈朝大専門家の深読み経済12〉戦略的経理担当者の役割(上)/廉貴成

2024年08月22日 09:30 寄稿

2005年に発足した在日本朝鮮社会科学者協会(社協)朝鮮大学校支部・経済経営研究部会は、十数年にわたって定期的に研究会を開いています。本欄では、研究会メンバーが報告した内容を中心に、日本経済や世界経済をめぐる諸問題について分析します。今回は、管理会計を専攻する朝鮮大学校経営学部の廉貴成教授が、戦略的経理担当者の役割と求められるスキルついて(全2回)解説します。

昨今、DX(デジタルトランスフォーメーションの略。デジタル技術による変革)やIT技術の発展・導入によって業務プロセスや帳簿管理、決算書作成が自動化され経理業務に従事する人々の役割が変わってきている。

そもそも企業にはなぜ会計が必要なのであろうか。

一つは企業が行う経営活動を第三者に説明できるようにするためである。会計処理を行うことによって、帳簿を作成し、決算書を作成するが、その会計書類をもって取引先や金融機関への信用を得ることができるからである。

二つ目は税金を支払うためである。日本は確定申告制度により企業が会計書類から税金を計算して申告しなければならない。税金を支払うのは国民の義務であるため会計処理は必須となるのである。

三つ目は経営改善に生かすためである。企業は自社の経営状況を正確に把握し、適切な経営判断を行うための基礎データとして会計データを活用する。

このように会計は会計報告、税務申告、経営改善と主に三つの目的を持っているといえる。ここでは経営改善を目的とする会計についてみていく。

2014年に経済産業省に報告されたレポート『持続的な企業価値の向上とそれを支える投資家との対話』(以下、伊藤レポート)では、日本企業が世界で最もイノベーション創出能力が高いのに収益力が低いことに着目して持続的に企業価値を向上していくためにはどのような施策が必要であるかを提言している。

とくに伊藤レポートでは、「株主資本利益率(ROE)」(別項参照)を8%以上に改善することを強調し、そのためには長期的な成長の重視、資本効率の向上、ガバナンスの改革、人的資本と知的資本の重視、株主重視とステークホルダーとの対話重視といったような施策を打ち出している。

実際にこの提言は日本の経済界に大きな影響力を及ぼしたといえる。

2015年には政府が「コーポレートガバナンス・コード」を策定し、企業がガバナンスを強化するための具体的な指針を示した。

また伊藤レポートが提唱した「株主資本利益率」の重視は、日本企業の重要な指標となり資本コストを意識した経営戦略の策定や資本構成の最適化、資本効率の向上や株主価値最大化を目指す経営へとつながっていった。

会計以外の知識がより重要に

会計担当者は、事務処理中心の業務から戦略的な業務への移行が求められている。

このような経営環境の中で会計担当者は、従前の事務処理中心の業務から戦略的な業務へと移行しなければならないといえる。

従来行っていたデータ入力、帳簿管理、月次・年次決算、税務申告書類作成などの業務はDX、IT技術の発展により自動化がすすめられあまり人手を必要としなくなった。

これからの会計担当者はこのような自動化ツールを活用しなければならず、AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーションの略。パソコンで行っている事務作業を自動化できるソフトウェアロボット技術)などについて学ばなければならない。

また、デジタル技術を駆使して、今までできなかった経営支援のためのデータ分析やリスク管理、コンプライアンス管理を強化しなければならない。

このようにみていくと、会計担当者はもちろん会計知識に精通していなければならないが、会計以外の知識がより重要になっていることがわかる。

とくに持続的で長期的な成長をなすためには長期戦略を会計に落とし込み、数字として予算化して、予算と実際を分析し新たな戦略を立てなければならない。

最新の研究成果にもとづくと、予算を編成するうえで事前に経営戦略を数字や行動に具体的に落とし込む計画主義と、経営環境の変化に対応するために試行錯誤と柔軟性を重視した漸進主義をバランスよく組み合わせることが重要であるとされている。

公的な予算計画を重視する計画主義と変化に対応するための漸進主義は相反する概念のように思われるが、公的な予算計画を重要視しつつ、大きな環境変化に対応するためには本来の目的に対する共通認識を経営者と従業員の間で共有する必要がある。会計担当者は戦略と予算がどのように統合されて指標となったのかを説明しなければならない。そのためにはそれらの指標が従業員のどのような活動とリンクされるのかを理解する必要がある。このように会計担当者は会計経理知識だけではなく、広く経営活動に対する知識を持たなければならない。

会計技術よりも人を動かすスキル

また、会計担当者に求められるスキルとして重要なのは人を動かす力である。

最新の研究成果によると、会計担当者に求められるスキルとしてファイナンス知識や財務会計知識といった技術的なスキルよりも人を動かすスキルの方が企業に対する貢献が大きいとされている。財務会計知識やファイナンス知識をもちながら人を動かし、経営者に影響を与えられる会計担当者が企業により貢献しているということである。

従来の会計担当者のイメージとしては正確、誠実、堅実、内向的というイメージであるが、時代の変化に伴い会計担当者に求められるイメージは外交的で創造的という形に変わりつつあることがうかがえる。

このように環境の変化によって会計担当者に対する要求が変わってきている。

しかし、伊藤レポートや最新の研究が対象としているのはあくまで大企業が対象となっている。中小企業に対しては同じように会計に対する要求がかわってきているのか。次回は中小企業に対する会計について述べていきたいと思う。

(朝鮮大学校経営学部教授)

経済豆知識/株主資本利益率(ROE:Return On Equity)

企業が株主から預かった資本をどれだけ効率的に使って利益を上げているかを示す指標。具体的には、以下のように計算される。

投資家はROEを参考にして、どの企業に投資するかを判断する。一般的に、ROEが高い企業は投資先として魅力的とされる。

(朝鮮新報)

Facebook にシェア
LINEで送る